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「推し」の心理学研究の最前線 ー心理的所有感による推し心理の説明と、音声配信アプリへの応用

お世話になっております。まるです。

今回の記事では、推しを応援することについての、心理学における最前線の研究を紹介しつつ、音声配信アプリ(特にSpoon)にてどのような応用ができそうかをまとめていきたいと思います。


はじめに ー 心理的所有感による「推し」の説明

皆さんには、「推し」はいますでしょうか。もしくは配信者などの活動を行なっている方は、ファンの方に推されていますでしょうか。
配信アプリ界隈では、よく「そもそも推すという感情がわからない」という声を聞くことがあります。確かに「推す」ということの定義は曖昧であるように思います。

例えば、推しのことを神のように崇め、しばし推し活が宗教的だと例えられることがあります。しかしながら実態を見てみると、推しは必ずしも憧れのスターである必要はないようにも思えます。例えば、ファンが未熟なアイドルを無名時代から応援し、自分たちがここまで育ててきたという感覚を持つことが「推す」という感覚につながることがあります。このことは、推しは憧れである必要がないことを示しているようです。

一方で、推しとの関係が疑似恋愛として説明されることもありますが、疑似恋愛で全てを説明することもまた難しそうです。既婚者でも推されているアイドルはたくさんいますし、そもそも同性のアイドルのこと推しているファンもたくさんいます。

「推す」という感情に対して様々な説明がなされる中、近年、心理学の観点から新たな説明が試みられています。それは「心理的所有感」という考えをもとにした説明です。
心理的所有感とは「対象を『自分のものだ』と感じている状態」と定義されます。心理的所有感は、法的所有と関連させると理解がしやすいでしょう。例えば会社に勤める社員は、自分が座る椅子や仕事をする机が法的には会社の所有物であることを認識しながらも、心理的には自分のものであると考える場合が少なくありません。この感覚こそが心理的所有感です。

推しに対するファンの感情についても、この心理的所有感が適応できる範囲がありそうです。もちろん推しの人生は推し自身のものですが、ファンの方によっては「推しの人生があたかも自分の人生の一部のように感じる」といった感情を持つ人が少なくありません。これは心理的所有感と同じようなものに見えます。

今回の記事では、この心理的所有感をもとにした推しという感情についての説明についての、最前線の研究を紹介していきます。
主に紹介する内容は以下の二つです。

  • 推しへの心理的所有感は、どのように推し活に貢献しているか。
    特に推し活への満足度や、推し活の継続性にどのような影響を与えるか。

  • 推しへの心理的所有感は、どのように高めることができるか。
    またそれを音声配信アプリ「Spoon」に活かすことにより、配信者はどのようにリスナーから推してもらうことができるようになるか。

ということで早速、研究の内容を紹介していきましょう。

心理的所有感が推し活へ与える影響

心理的所有感と推し活効果の心理モデル

さて、推しについて心理的所有感の観点から説明するにあたり、はじめに「一口に心理的所有感といってもどのような所有感が存在するのか」ということや「心理的所有感の違いが、推し活にどのような効果の違いをもたらすか」ということについての研究を見てみましょう。
この研究では550人のアイドルファンにアンケートを行い、その結果を統計学的に処理することで、推しに対する心理的所有感と推し活への影響の構造を説明しています。
以下の図は研究の結果得られたモデルです。

推しに対する心理的所有感と推し活のモデル([1]より引用)

モデルの構造要素

このモデルは6つの要素により構成されています。
それぞれの要素の詳細を見ていきましょう。

心理的一体感:
推しを自分の人生の理想として崇めて、推しと同じように考えたり、行動したりすることに喜びを見出す次元。以下のような感覚で構成されている。

  • 推しはもはや自分のパーソナリティである

  • 推しは自分の心の拠り所である

  • 推しの応援は自分の人生で大きな位置を占めている

心理的責任感:
推しを自分が育てなければならない、推しの人気を自分が高められるように努力しなければならない、そして自分にはそれができると考える次元。以下のような感覚で構成されている。

  • 自分は推しの人気を高めるのに何らかの影響を及ぼしたいと思う

  • 推しに対して何ができるかを常に考えている

  • 推しを育てているという意識を持っている

同担仲間意識 / 同担競争意識:
同じ対象を推している人(=同担)に対して、仲間意識を持っているか、競争意識を持っているかどうか。

推し活継続性:
推しのことを、どれだけ困難があっても応援し続けたいという意識。

WB:
ウェルビーイングの略。推し活を行うことにより得られる幸福感。

モデルの解説

モデルについて解説してきましょう。心理的所有感は、さらに「推しの人生は自分の人生の一部だ」という心理的一体感と、「推しは自分が育てている」という心理的責任感に分けることができ、この二つは仲間意識/競争意識というそれぞれ異なる同担意識を生みます。

面白いことに、同担仲間意識と同担意識は共にWB、つまり推し活の満足度にプラスの影響を与えます。「同担ともっと仲良くしたい」という気持ちと「同担よりも自分の方が強く推していたい」という、一見すると相反する気持ちは、どちらも推し活の満足度を向上させているのです。

一方で推し活の継続性の観点からみると、仲間意識は継続性にプラスの影響を与えますが、競争意識はマイナスの影響を与えます。他のファンよりも推しを強く応援したいという気持ちは、もしかしたらファンに幸福と共に疲弊を与えてしまうのかもしれません。

配信者視点から以上をまとめると、「よりファンから推される」ことを狙うのであれば、心理的一体感と心理的責任感を高めることは、両者とも効果があります。一方で「長くファンから推される」ことを狙うのであれば、心理的責任感はそこそこに、心理的一体感を中心的に高めるよう心がけると良いでしょう。

心理的所有感を上げるための要素

心理的所有感を上げるには?

前章において、心理的一体感と心理的責任感は、推し活の満足度や継続性に影響を表すことが分かりました。ここで続いて興味が湧くことは「これら二つの心理的所有感を上げるには一体何をすればいいのか」ということでしょう。

この問いについても、実は研究がなされています。研究によると、心理的所有感を高める意識として、「統制意識」「知識意識」「投資意識」と呼ばれる3つの意識があることが分かっています。
以下の図は、この3つの意識と心理的一体感/心理的責任感との関係を表したモデルです。

心理的所有感に影響を与える三つの意識([2]より引用)

心理的所有感に関わる3つの意識

以下では、この3つの意識についてそれぞれ解説をしながら、Spoonでの配信活動にこの意識をどのように活用できるか、具体例を考えていきたいと思います。

統制意識:
対象をコントロールできるという意識。具体例としては、「自分の行動で推しに良い影響を及ぼせる」といったものや「自分が努力すれば推しの評判や人気をあげられる」といったように、推しの活動に自分自身が関与できる、といった意識のことです。統制意識を強くさせることは、特に心理的責任感を高めることにつながります。
Spoonにおいて、リスナーの統制感を上げるために真っ先に思いつく例は、ChoiceやVoiceといったバッジ付き配信者にしてもらうようにリスナーに訴えることでしょう。「今月はCHOICEを目指しているから応援してほしい」といった言葉や「今、月間ランク⚪︎⚪︎位で、あと少しなんだけど」といった言葉は、統制意識を上げることに直結するかと思います。
一方で、心理的責任感が高まると、上述のとおり「推されはするが長続きはしない」という状態になりやすいことが分かっています。あまり統制意識に頼りすぎた人気のあげ方は、もし長く推されたいのであれば控えた方が良いかもしれません。
また、心理的責任感の高いファンは同担競争意識が高い傾向にあるため、コメント欄で他のリスナーとあまり絡まず、枠主と一対一であるかのように会話する可能性があることにも注意が必要です。

知識意識:
推しについての情報や知識を得ることは、推しに対する心理的所有感をより高めることにつながることが分かっています。この知識意識は、心理的一体感と心理的責任感の両方に影響を及ぼします。
配信においては、自分のことをまずはリスナーによく知ってもらうことが大事でしょう。好きなことや好きなものといった簡単な情報から、なぜ配信をはじめたか、なにを目標としているか、といったより詳しい自分に関する情報まで、様々なことをリスナーに伝えることは、知識意識を高めることにつながるでしょう。

投資意識:
推しに対して個人のエネルギー、時間、労力を費やし続けたり、注意を向け続けることは、心理的所有感を高めることにつながります。特に投資意識は、心理的一体感に寄与することが分かっています。心理的一体感は同担仲間意識を通じて推し活の満足度と継続率の両方に寄与することから、投資意識を高めることは比較的メリットが大きいでしょう。
投資というとお金、つまり「今まで投げた金額」が真っ先に思い浮かぶかもしれません。しかしここで注目したいことは、費やした時間や集中力も投資意識に含まれるということです。
Spoonにおいては、例えば枠にいる間に定期的に無料ハートを押してもらったり、粗品が欲しいからルーレットを回して欲しいというように労力を費やしてもらうことは、投資意識につながることでしょう。無料ハートのカンストに特典を渡すといったことも、投資意識を高めることに寄与するかもしれません。

「推す」ということに寄与する要素は他にも様々あると思いますが、少なくとも統計的には「統制意識」「知識意識」「投資意識」は推し活に影響を与えることが分かっています。
人気配信者を目指したいという方々は、この3つの意識に注目すると、より推される配信者になるためのヒントが得られるかもしれません。

終わりに

今回の記事では、推しを応援することについて、心理的所有感をもとにした最前線の研究を紹介しつつ、どのようにSpoon配信に役立てることができるかを考察してみました。
この記事がもし面白いと思って頂けたら、是非いいねを押していただけると今後の励みになります。
またこの記事の他にもSpoonに関する記事をいくつか出しているため、合わせてご覧いただけると大変嬉しいです。

以上、最後まで読んだくださりありがとうございました。

参考文献

  1. 井上淳子; 上田泰. アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について―他のファンへの意識とウェルビーイングへの効果―. マーケティングジャーナル, 2023, 43.1: 18-28.

  2. 上田泰; 井上淳子. 推し活意識が幸福感に及ぼす影響: 推しの心理的所有感の媒介的作用. 成蹊大学経済経営論集, 2023, 54.1: 47-64.

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