デミロマが理解されづらい世界に生きる

今日、わたしの心にあるコップの水が限界を迎えてしまった。
自分の恋愛観をデミロマという言葉は出さずに話したら「冷めてるな」とか「いつかそういう人(好きな人)ができるよ」とか「自分だって恋したら浮かれたりするようになるかもよ」なんて言われてしまった。それも一番近い家族に。

悔しい。
悔しくて涙が止まらない。
家族とはいえ、話さなければよかった。
冷めてるんじゃない、強がってるんじゃない。
そういうセクシュアリティなの。

恋愛感情を一切持たないわけじゃないから、そりゃこの先お付き合いしたいと思う方と出逢うこともあるかもしれない。
でもその時はその時で、今は特別欲してないの。
ただ、今は今のわたしのしあわせがあるってだけ。
ただそれだけなのに。

ここ数日の間に、友人から"恋人を持つ人は優れている"とでも言うかのような発言を向けられたりもしたし、ちょっと流石に心が限界。

デミロマンティックという言葉を出さない限り、この気持ちは伝わらないのかもしれない。
それは仕方ないことだとおもう。
けれどまだ私には、それを告白する勇気がでない。
言えるようになるまで耐えなきゃなのかな。
言わなくても、どうにかつらくならない方法はないのかな。

誰にも話せないから、思わずここに逃げてきて思いのままに吐き出しちゃった。
感情的な言葉選びになってしまったことは反省。
だけど、この悔しくて悲しくてたまらないきもちは、たとえ拙くても書き残すことで自分の中に刻んでいきたい。

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