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【自伝小説】第3話 中学校時代(1) |最南端の空手フリムン伝説|著:田福雄市@石垣島

実験室

少年は生粋の野球少年だった。

野球少年なら誰もが憧れる甲子園を目指し、日々血豆が潰れるまで素振りを繰り返す真面目な少年だった。

しかし、少年野球で2年間も主将を務めるほど努力を積み重ねてきたものの、いつしか団体競技に見切りをつけるようになっていた。

そう、個人の努力が報われないというジレンマが団体競技にはあったのだ。

当時、他の学校に後れを取っていた少年の通う中学校。

どんなに努力を積み重ねても、一向に結果が付いてこない野球部に見切りをつけ、1年ほどで個人競技にその主戦場を移すこととなった。

本当は大好きな空手をと思っていたが、当時中学校に空手部はなく、仕方なく同じ武道である柔道部に籍を置くことにした。

ただ、その柔道部に指導者や先輩は居らず、部員は同級生と後輩を入れ僅か3名。

緊張感の欠片もないその部室は、程なく徒手空拳の「実験室」にその姿を変えていった。

当時、世界的アクションスターにしてモノホンの武術家、李小龍(ブルース・リー)に憧れる若者は枚挙に暇がなく、少年も例外なくその虜となっていた。

「動くなよ」
危ないから絶対に動くなよっ

ダチョウ倶楽部を彷彿させるようなその掛け合いは、実は後輩にタバコをくわえさせ、それを上段回し蹴りで吹っ飛ばそうという正にその直前だった。

しかし、そんな事を言われれば尚更動きたくなるのが人間の性。

ビビった後輩がビクッと動いたその刹那、少年の放った蹴りが後輩の鼻先をヒッティングした。

「ワァチャッ」という怪鳥音と「ピキッ」という割り箸を割いたような打撃音が同時に交差し、直後に大量の鼻血が後輩の道着を赤く染めた。

「だから動くなと言っただろっ」

謝るわけでもなく、かといって心配するわけでもなく、鼻血を止めようと両手で顔を覆う後輩を叱責する少年。

イジメられっ子から脱却した少年は、いつしか、知らず知らずのうちにイジメる側へとシフトしていた。

ただ、本人はあくまでも技の研究、実験という認識でいた。

それくらい…アホだった(涙)

このように、今なら絶対NGとなるような蛮行が、当時のティーンエイジャーの生活圏内では日々当たり前のように繰り広げられていた。

もちろん、あの頃の行為を少年は深く反省し、今では青少年の健全育成に全力を注ぐ日々を送っている。

我がことを棚に上げて(汗)

そんな時期に、遂にあの男と出会うこととなる。

李小龍(ブルース・リー)亡き後のアクション映画界を席巻するあの大スター、成龍(ジャッキー・チェン)である。

※カンフーを世界中に広めた功労者ブルースリーと、その後を継いだジャッキーチェン


さらば怪鳥音

その日を境に、少年の口から怪鳥音(俗に言うアチョー)が発せられることはなくなった。

その代替えとなったのは…通称「ボフッ

そう、カンフー映画特有の大袈裟な効果音である。

それが余りにもカッコ良過ぎて、少年の我慢の緒は切れっ放しとなった。

事ある毎に「ボフッ」
事なき時にも「ボフッ」

もう朝から晩までボフり続け、暇さえあればボフボフ言いながら何時間でもカンフーの特訓に没頭した。

(注釈:ボフる=一人でカンフーの練習を行うときに口で「ボフッ」という効果音を出しながら打撃を繰り出すこと)

もうここまで来ると完全にビョーキだが、逆に言うと、情熱を傾け続けられる「精神的スタミナ」が既に備わっていたという事になる。

そして、この時期の経験が、後にたった一人で道場を立ち上げる際に大いに役立ったのは言うまでもない。

ちなみに少年が最初に見たジャッキー映画は、実は「ドランクモンキー酔拳」ではなく、日本公開2作品目となる「スネーキーモンキー蛇拳」であった。

当時、正月映画として何の前触れもなく公開された酔拳。

しかし、新聞の映画欄を見た少年は、ただの悪ふざけ映画だと思い込んでしまった。

「酔拳観たか?」
「めちゃくちゃ面白かったぞ」

という友人の言葉にも一切耳を貸さず、「あんなものは功夫じゃない。俺はリーしか信じない」と突っぱねた。

ただ余りにも世間が騒ぐので、続けて公開される蛇拳でその真相を確かめようと計画。

そして迎えた公開初日、少年は冒頭シーン(蛇拳の形)で度肝を抜かれる事となる。

「こ、こんなカッコいい男がこの世に存在したのか?」

その日から、少年の脳シナプスは成龍一色となった。

当然の如く、下記の成龍作品は全て視聴済みである。

※成龍の出演作品を網羅

拳法混乱

少年は興奮していた。

遂に練りに練った功夫(しかも蛇拳)を試す日が来たのだ。

中2の冬の事である。

敵は他校に通うヤンキー崩れ、相手に取って不足なし。

そう思った少年は、徐に蛇拳の形を繰り出した。もちろん、自ら発する効果音も忘れてはいない。

「ボフッ」「ボフッ」「ドゥビシッ」

続けざまに繰り出す技は“キレッキレ”で、自らの声帯から発せられる効果音がそれを後押しした。

勢いに押された相手が徐々に後退し、顔が引き攣った次の瞬間、ここぞとばかりにトドメの一撃を胸元に突き刺した。

と同時に、およそ聞いた事のない打撃音が激痛と共に少年の鼓膜を貫いた。

ポペキパンッ

これは効果音などではない。何かが壊れた時に放たれる破壊音だ。しかも相手からではなく、自らの肉体から聞こえてきたではないか。

何かよろしくない事態であることは明白であった。

次の瞬間、中指の第二関節がポペキッていることに気付いた。

日本語に直訳すると、完全なる突き指である。(そのままやないかいっ)

それでも、「ボフッ」「ボフッ」「ドゥビシッ」と何事もなかったように形を打ち続ける少年。

この数秒間で起きた諸々を、完全に隠蔽しようと目論むその行動は、男としての最後の意地であった。

ただ、少年は悔いていた。相手の着ていた衣服の素材を考慮していなかったことを。

成長過程にある発展途上の指に、Gジャン素材は余りにも荷が重過ぎた。

少年は心から反省した。マジ卍だった。(やかましわっ)

マジ卍(まじまんじ)とは、善し悪しを問わず、何らかの点で気分が非常に高ぶっているさまを表す若者言葉。多くの場合、単独で用いたり文末に付すなどして間投詞的に用い、本当に気分が高ぶっている、ないしは本当にそう思うと強調する意味合いを示す。ごく親しい間柄での会話やSNSなどの書き込みで用いる、俗な語である。「まじ卍」とも表記する。また、さらに強調して、「卍」を重ねて「マジ卍卍卍卍卍」のように表記することもある。
用例:「それは最高マジ卍」「都会怖すぎマジ卍」「可愛くてマジ卍だわ」

Weblio辞書

しかし、ここで奇跡が起きた。

相手のGジャン野郎が突如踵を返し、あろうことか立ち去っていったのだ。

真相は闇の中だが(いや気味悪かっただけだろ)、表向きには完全なる敵前逃亡。初戦は見事なテクニカルノックアウト勝ちで幕を降ろした。

こうして何とかデビュー戦は勝利に終わったものの、立ち去る相手の背中を見つめながら少年はこう心に誓った。

「蛇の拳は実戦に不向き過ぎる」
「もう二度と喧嘩では使わん」
「指、超痛ぇーし」

その瞬間、蛇拳は永遠に……封印された

少年がまだ極真空手と出会う遥か以前の、ほろ苦い青春の思い出である。

今でもこういうのを見つけると、遂々条件反射でボフってしまうお茶目な著者。

※今でもこういうのを見つけると、遂々条件反射でボフってしまうお茶目な著者。

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この記事を書いた人

田福雄市(空手家)

1966年、石垣市平久保生まれ、平得育ち。
八重山高校卒業後、本格的に空手人生を歩みはじめる。
長年に渡り、空手関連の活動を中心に地域社会に貢献。
パワーリフティングの分野でも沖縄県優勝をはじめ、
競技者として多数の入賞経験を持つ。
青少年健全育成のボランティア活動等を通して石垣市、社会福祉協議会、警察署、薬物乱用防止協会などからの受賞歴多数。
八重山郡優秀指導者賞、極真会館沖縄県支部優秀選手賞も受賞。
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