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【バトン連載】こういう人もいるんだー|縁をつなぐエッセイ vol.5|文と写真:喜舎場 博之@石垣島

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このコーナーについて
このコーナーは、石垣島の異なるコミュニティーや分野の人から人へ、記事をバトンのように渡してもらう【バトン連載】、「縁をつなぐエッセイ」です。(月刊まーる編集部)
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タイトルのとおり「この島にはこういう人もいるんだな」くらいの気持ちで読んでいただければ幸いです。手の皮が剥けるくらいタイピングしたので、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

◆自己紹介


こんにちは、私は石垣島出身の平成2年生まれ、ゲストハウス喜舎場という一人旅向けの宿を経営しています。私は石垣島の文化や伝統を大切に思っており、ゲストハウスを通じてそれを多くの人に伝えたいと思っています。

また、私は人と話をするのが好きです。ゲストハウスで出会う人たちと交流することで、様々な話を聞くことができます。その中には、私自身が初めて知ったことや、考えさせられることもあります。

(↑ChatGPTに簡単な情報入力して、自己紹介をお願いしたらこんな感じになりました。
すごい世の中ですね。ということで、繋がりを軸にここからは自分自身で書いてみたいと思います。)

私が最初に宿泊業を営みたいと思ったのは中学2年生の頃だったと思います。世界では地球温暖化に関心が向けられていることを授業で知り、「環境を良くするには、石垣島に来てもらい、豊かな自然に触れ合ってもらうことが近道なのでは?」と思ったことがキッカケです。そこから宿泊、観光業に興味を持ち始めました。

◆神戸での繋がり

高校を卒業後、観光学を専門とする大学に進学するために神戸に出ました。神戸を選んだ主な理由は①島を離れて外から島を見てみたい、②島の友達が一人もいない環境、③山があって街があって海がすぐそばにある地形、といったところでした。

神戸に出てからの最初の2年間は、大学の友達よりも年齢が一回りから二回り上の兄さん姉さんに可愛がってもらいながら、楽しく過ごせた記憶しかないです。なので、だいぶ神戸の街に溶け込んでいたと思います。

3年目には大学が関わっていた「COMIN’KOBE」という、阪神淡路大震災の記憶を風化させないことを目的としたチャリティーロックフェスの運営に携わることができました。

そこで、学生スタッフ400名をまとめるリーダーという責任ある立場を任せてもらえたことは、私の後の人生にとても良い影響を与えています。

総動員数10万人規模のイベント運営ということで、何もない自分がリーダーとしてちゃんとできるだろうかと常に不安が付きまといましたが、先輩、同級生、後輩のみんなが力を合わせて取り組んでくれたおかげで、無事、成功させることができました。「できないことは人に任す」ことが、物事を進めていく上で大事な要素だとも気がつきました。

島を離れて初めてできた繋がりはとても貴重で私に良い影響を与えてくれる人ばかりでした。そんな賑やかな神戸での大学生活を終え、次は和歌山県の山奥の奥の、またその奥にある温泉旅館に就職しました。

◆和歌山での繋がり

そこでは「いつか自分で宿を開きたい」という私の目標に、社長が親身になって考えてくれたおかげで、犬の散歩からフロント対応、料理まで、色々なタスクをこなしました。

私が釣り好きなのも相まって、紀伊半島の釣り場にはたくさんの繋がり(主に40代〜70代)があるので、和歌山に行く機会がある方は連絡ください。紹介させていただきます!

仕事面では当時、インバウンドが爆発的に増え、英語を話さないといけない状況になりました。日々、トライアル&エラーを繰り返し、つぎはぎではありますが外国人と最低限のコミュニケーションを取れるまでになりました。英語を話したいならインバウンドが活況な観光地で働くなど、英語しか使えない状況に身を置くことが一番の近道だと思います。

◆国際交流がしたい中高校生はぜひ遊びに来て!

英語を話したいなら勉強よりとにかく環境!自分の経営しているゲストハウスも今ではインバウンドの方が多いため、もし、自分の英語を試してみたい!という方は気軽に遊びに来てください!

特に中高校生は歓迎します!楽しいですよ!国際交流!何より自分が育ったこの豊かな島を紹介している時は幸せを感じます。間違えてもいいのでとにかく一生懸命話してみれば相手も割と聞いてくれます。私自身もそうでしたが日本人は言い間違いを恐れすぎかなと思います。

◆石垣島での繋がり

さて、話が逸れているのか進んでいるのかわからなくなってきましたが、関西で12年ほど過ごし、30歳になった年に石垣島に帰ってきました。帰ってきてすぐ宿を開業できたのは運が良かったと思います。

最近になってようやく観光客が増えてきましたが、開業当初はコロナ禍真っ只中ということもあり、全くと言っていいほどお客さんが入りませんでした。すぐに畳もうかと思いましたが、周りの友人が別で仕事をくれたりしてくれたおかげで、何とかコロナ禍をしのぐことができました。

結局その繋がりがなければ続いていなかったので本当に心から感謝しています。最近では豊年祭や村の行事ごとにも参加させてもらい、地元でありながら今までなかった新しい繋がりができたことがとても嬉しく思います。ただ、行事が多すぎて本業より忙しいこの現状を何とかしたいこの頃であります。

◆繋がりを振り返ってみて

今回エッセイを書くキッカケを作ってくれた、ちかしーと、まだ一度もお会いできていない月刊まーる編集部のみなさまには感謝申し上げます。

「今までを振り返る」という経験が無かったので、とてもいい機会となりました。振り返ってみて、自分みたいな経験をしてきた人はあまりいないはずなので、この島にとって良い影響を与える人間でありたいなと、今一度思いました。何よりこの島が大好きなので。

特に中学、高校生に対して「こういう人もいるよー」と自分自身を紹介できたらなと思って書きました。何かしら進路の参考にならば幸いです。

◆バトンを繋ぎます

さて、皆様お待ちかね次のバトンは神戸時代に知り合い、そこから10年以上の付き合いになるしゅうや君にバトンを繋ぎます。しゅうや君は、私のことが好きすぎてこの春より滋賀県より移住してきました。彼もきっとこの先石垣島に良い影響を与える男だと思っているのでどうか温かい目で歓迎してあげてください。

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この記事を書いた人


喜舎場 博之
喜舎場博之。石垣島出身。平成2年生まれ。
八重山高校卒業後、関西に出て観光を学ぶ。
一人旅向けの宿「ゲストハウス喜舎場」を運営中。
趣味は旅、釣り、旅。

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