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美容文化論 ー日本髪 構造ー

 私は美容学校で美容文化を教える側の人間だが、美容学校で講義を行うには科目ごとに専門の資格がある。ところが元々好きで ある程度の知識もあった私は、生意気なことに当初そんな資格研修など自分には要らないと思っていた。しかし研修を受けてみたら、上には上がいた。講習担当の大学の教授はまさに知識の塊のような人だったのである。 
 この資格研修は私の知的好奇心を大いに刺激した。この研修をきっかけに より広くより深く突き詰めたいという思いが体の内側から湧き出てきた。その結果これまでにも増して様々な文献を漁り、美術館や博物館にも通い、講演やセミナーを聴くことに楽しさと喜びを感じていったのである。
 当然授業においては一端の専門家気取りで、生徒に知識を身に付けさせるという本来の姿ではなく、ウンチクを披露したいだけの一方通行講師となっていたに違いないと、今になって反省している。

 中でも好きな分野は? と訊かれたなら、我が国における女性の髪型の流行と答えるだろうか。今は教壇に立つことがほぼなくなったせいで、ここ数年これらのことを人に話したくてウズウズしている(笑)  
 そこで勝手ながら NOTE ならではの自由度と優しさに甘え、美容文化について何回かに分けて語らせてもらおうかな? なんて思っている。

 ウンチク初めはいわゆる『日本髪』から・・・。

【日本髪の基本形】
 日本髪は、
 1.前髪
 2.鬢(びん)➡︎サイド
 3.髱(たぼ)➡︎襟足。『つと』ともいう
 4.髷(まげ)➡︎頭頂部
という4つの部位、5つのブロック(2.の『鬢 』は左右あるため)に分かれている。簡単に言うと1〜3の髪の束を4の部分に集めて一束にくくった後、様々な形に作るのが日本髪の基本構成である。

《前髪》
 この『前髪』というパートだけは、現代においても通じる言葉だ。我が国においては古くから(およそ18~19世紀以降)より、女の子が大人の女性になっていく通過儀礼として(年齢的には12•3歳前後)、それまでの切りっぱなしのおかっぱから、前髪を上げて いわゆる日本髪を『結う』時を迎える。その頃になるともはや子供ではなく、結婚も出産もできる大人に近いということだから、現代の感覚とは15年から20年以上の隔たりがあるのだろう。

 『まだ上げ初めし前髪の・・・』。詩集『若菜集』内の『初恋』において、文豪島崎藤村は、前髪を上げたばかりの少女に 生まれて初めての恋心を抱いた。この詩に触れた人は みずみずしい情景の中に、静かだが内なる峻烈な作者の思いを見るだろう。そうしているうちに なんとも言えない切ない気持ちになる。まさに名作が名作たる所以である。
 かように過去の日本においては、女性の髪は現代より何十倍も雄弁にメッセージを発していたのである。

《鬢(びん)》・《髱(たぼ)》
 前髪と鬢(びん)は顔の額縁である。よって正面から見た時に、顔の左右にある鬢の部分は顔を引き立たせもするし 逆にくすませることもある。鬢の部分の形をきれいな状態で保つ上での阻害要因は、なんといっても睡眠だ。なんとなれば枕でつぶれやすいからである。どうしてサイド部分をこんな形状に設定したのだろう。やってみればわかるが 昔の人のように、枕に当てるのが顔、という状況は甚だ不自然だし寝にくいものだ。
 かといって上は向けない。鬢と同じく髱(たぼ)も睡眠の仕方次第で美しい形が破壊される対象となるからだ。後頭部~襟足部分のふくらみがぺっちゃんこになるのを避けるため、上を向いて首に枕を当てて寝ようとしてみよ。自分の頭の重みを恨むことになるだろう。

《髷(まげ)》
 意味として、髷(まげ)の形こそ ほぼ日本髪の『髪型』であるといえる。要するに他の部分は多少のアレンジこそあれ、大差ないといえる。よってここでは多くの説明は避け、『◯◯髷』という『髪型』の名前として別稿に譲ることにしたい。

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