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五島列島で蚊をまとう

 五島の暮らしは一年中海に関わり、海と戯れ、時に海に牙を剥かれる。そんな田舎でも最近は、都会からシュノーケリングなんかの観光客がやって来たりする。彼らは水が透明というだけで絶叫するから大変である。知らない人もいるみたいだからあえて言うが、水というものは元来透明なのである(笑)  私はそんなことは当たり前だと思っていたが、陸上からも水面下数メートルの海底が見えることが珍しいらしく、写真を撮ったりしてはしゃいでいる彼らの方こそ、都会に汚されたある意味哀れな犠牲者だと思う。
 しかしギャーギャー言って喜んでいても、水の怖さはおろか 刺すクラゲや針に毒のあるウニも知らないもんだから 刺されただわ痛いだわと、とにかくいちいち大騒ぎである。田舎に現金を落としてくれるから有難いにことは違いないのだが、生け簀の魚を釣ろうとしたり、活かしているアワビを引き上げて手に取って遊んだり、停めている船に乗って漁具を触ったりと、地元民にとっては色々うっとうしい部分も多い。

 蚊の季節がまもなくやって来るが、蚊にまつわる島での思い出を一つ紹介したい。島に住んでいると漁のために漁具を手作りすることも多い。獲物を得る手段としては、ヤスを使って魚を『突く』という極めて原始的な方法がある。2メートル程の棒の先端に先のとがったミツマタの矢を、その反対側には幅太のゴムをそれぞれ取り付けた 極シンプルなものだ。その棒は竹なのだが、竹をとるためには竹やぶに入る必要があり、その薄暗くジメジメしたエリアこそ蚊とのあくなき戦いの場なのである。五島の竹やぶで経験した蚊は体格としては小型ながら、質と量の両方が超ド級だった。きっと蚊にとっては血を吸える千載一遇のチャンスなのだろう、とにかく、とにかく、とにかくしつこい。追い払っても追い払っても、叩いても叩いてもうなりをあげて一斉に襲ってくる。一度など殺虫剤をもって臨んだのだが(その頃は市販の虫よけなどなかった)、薬剤が白く煙っている時だけはいなくなるが、30秒も経てば何もなかったように元通りの状況になる。ましてや半袖や上半身裸でそのやぶに足を踏み入れようものならマジで肌がまだらに黒くなるほどなのである。数えたわけではないが、人間一人当たりにまとわりつく蚊は100匹や200匹ではない。そんな蚊の大群に吸血されることを完全に防ぐには、スズメバチハンターのような恰好を真夏にしなきゃいけないわけで、それは現実的に不可能だから 対処としては真夏に長袖を着て肌の露出を極力減らし、可能な限り短時間で現場を離れるしかない。

五島弁➡︎『かぁん ざぁまにおってん くわれんごちながそでばきっこんばぞ!』
標準語訳➡︎『蚊がたくさんいるから 刺されないように長袖を着てこないとダメだよ!』

 ・・・ちょっと紹介してみました(笑)

 人の周りでブンブンまとわりついている蚊たちは、まとわり付く対象となる人と共に空中を移動する。人が右なら蚊も右に、人が走れば蚊も必死に追随してこようとする。背景が白っぽいところでその光景を見れば、人間の周りに人より一回り大きな(15cm程度か)の『蚊の層』ができるのだ。フワフワした大きめの着ぐるみを着ているようだと言えば大げさだろうか。ギャグみたいだがともかくそんな感じで蚊をまとった人間が出来上がる。本稿の標題を『まとう』としたのはそうした意味だ。
 あの蚊たちにはもう会いたくないけど、夏が来ると子供時代に経験したあの感覚がなぜか懐かしく思い出される。


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