童話「天使の輪」

 ヒカルくんには頭の上に『天使の輪』があります。生まれたときはなにもありませんでしたが、大きくなるにしたがって『天使の輪』が頭の上に浮かんでくるようになりました。

 『天使の輪』には3つの色があり、楽しいことやうれしいことがあったときは「緑色の輪」、寂しいときや悲しいときは「青色の輪」、そして悔しいときや憎しみを感じたときは「赤色の輪」がいろんなことが起きるたびに増えていきました。

 ヒカルくんは少し大きくなった今、一番たくさんあるのは「緑色の輪」で次に多いのは青色の輪」、そして「赤色の輪」は少ししかありませんでした。

 ある日、ヒカルくんが家の近くで遊んでいると、近くに住むアクトくんがそばにやってきました。正直な気持ちを言うと、ヒカルくんはアクトくんがあまり好きではありませんでした。理由はありません。なんとなく見た感じでそう感じていました。

 ヒカルくんはできるだけアクトくんに気づかないようにしていました。すると、ヒカルくんが背中を見せている隙にアクトくんはヒカルくんの「緑色の輪」を盗んで行ってしまいました。突然のことだったので、ヒカルくんが振り向いたときにはアクトくんはもう遠くに行っていました。ヒカルくんは悔しくて仕方ありませんでした。

 その日、ヒカルくんが家に帰って鏡を見ますと「赤色の輪」が1つ増えていました。

 ヒカルくんは仕返しをしようと思いました。ヒカルくんはアクトくんから「緑色の輪」を奪い返すことに決めました。

 次の日、ヒカルくんが歩いていると遠くからアクトくんが歩いてくるのが見えました。ヒカルくんは電信柱の陰に隠れてアクトくんが近づいてくるのを待ちました。いよいよアクトくんが近くまできたので飛び出そうとしてヒカルくんは困りました。なんとアクトくんは「緑色の輪」がほんの少ししかなかったからです。アクトくんの『天使の輪』はほとんどが青色で次に多いのが赤色でした。ヒカルくんはアクトくんのうしろ姿を見送ることしかできませんでした。

 ヒカルくんは家に帰って考えました。このままでは悔しい気持ちが収まりません。そこで考えを変えました。「緑色の輪」をとりたくてもアクトくんにはほとんどないのですから、反対に「自分の青色の輪」をアクトくんに押しつけることにしました。この方法ならヒカルくんの「青色の輪」が少なくなり自分も気分がいいし、アクトくんは悲しい気持ちが増えるのですから立派な仕返しになります。

 また次の日、ヒカルくんが歩いていると公園のベンチにアクトくんが座っているのが見えました。ヒカルくんはこっそりとアクトくんのうしろに近づきました。アクトくんはゲームに夢中になっているようでヒカルくんに気がつきません。ヒカルくんは自分の「青色の輪」をとるとアクトくんの頭の上にこっそりと乗せ、そして一目散に走り去りました。

 それからヒカルくんはアクトくんを公園で見かけるたびに同じことを繰り返していました。アクトくんの「青色の輪」はどんどんと増えていきました。ヒカルくんはとても気分がいい日を過ごしていました。

 それからしばらく経ったある日、ヒカルくんが公園の近くを歩いているといつものベンチにアクトくんの姿はありませんでした。そのかわり公園の隅にある台の上のほうに『天使の輪』だけが浮かんでいるのが見えました。ヒカルくんは足音を忍ばせながら台の近くに行きました。

 よく見ると、『天使の輪』はほとんどが「青色の輪」と「赤色の輪」ばかりでした。ヒカルくんはこっそりと台の反対側を覗き込みました。そこには膝をかかえ塞ぎこんでいるアクトくんがいました。ヒカルくんは気づかれないようにその場を離れました。

 ヒカルくんはアクトくんが塞ぎこんでいる姿を思い出しながら歩いていました。とぼとぼ歩いていました。どのくらい歩いたでしょうか。ヒカルくんがふと顔を上げるとおもちゃ屋さんが見えました。おもちゃ屋さんには大きなショーウィンドウがありました。ヒカルくんはショーウィンドウに近づきました。そのときヒカルくんは気がつきました。ショーウィンドウのガラスに映ったヒカルくんの『天使の輪』はいつの間にか青色と赤色だらけになっていたのです。ヒカルくんは走って家に向かいました。

 家に中に入ると、すぐに鏡の前に立ちました。やはり鏡に映る『天使の輪』は青色と赤色がたくさんになっていました。ヒカルくんはその場にへたり込んでしまいました。

 夜、ヒカルくんはベッドの中で考えました。

 「おかしいなぁ…。自分の青い輪と赤い輪はアクトくんにわからないようにアクトくんの頭の上に乗せてきたのに…。本当なら減ってなくちゃいけないのに…」

 けれど、全然減っていませんでした。それどころか増えているようにさえ見えました。ヒカルくんは悲しい気持ちのまま眠りにつきました。

 次の日から、ヒカルくんは「青色の輪」と「赤色の輪」をたくさん乗せていることを意識しながら過ごすことになりました。それはヒカルくんにとってとても辛いことでした。

 そんな辛い日々を過ごしていたある日、ヒカルくんはふと気がつきました。

「アクトくんも今の僕と同じように辛く悲しい気持ちで過ごしていたんだ」

 ヒカルくんが歩いていると、うしろから犬の吠える声が聞こえました。振り返ると凶暴そうな大きな犬がヒカルくん目がけて走ってくるのが見えました。犬はヒカルくんというよりはヒカルくんの頭の上にある赤や青の輪に向かって突進してくるように感じました。ヒカルくんは恐くなり走って逃げました。

 ヒカルくんは死に物狂いで走りました。そして角を曲がったところで誰かとぶつかりもんどりうって倒れてしまいました。ヒカルくんが痛さをこらえながら上体を起こし前を見るとアクトくんが倒れていました。

「ヒカルくん」

「アクトくん」

 どちらからともなく名前を呼びあっていました。

 アクトくんは起き上がりながら不思議そうな目をしてヒカルくんの『天使の輪』を見ていました。アクトくんは言いました。

「天使の輪、どうしたの? 白い輪になってるよ」

 ヒカルくんの『天使の輪』はぶつかったときに緑、青、赤の色が混ぜ合わさり白い輪になっていたのです。ヒカルくんはアクトくんに近寄り言いました。

「ごめんね。アクトくんの青色の輪と赤色の輪、僕がとってあげる」

 ヒカルくんは背伸びをしながら一つずつ取りはじめました。アクトくんはヒカルくんがとりやすいように腰を屈めながら小さな声でつぶやきました。

「ありがとう」。

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