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【小説風BAR紹介】駒込VARIANT TOKYO

 近年、薬草系のリキュールが流行っていると耳にした。
「何それ?」
「平たく言えば、ハーブのお酒だね」
「例えば?」
「有名なのはカンパリ。イエーガーやアブサンもそうだね」
 バーで隣り合った男性は長い前髪を頬に流し、こちらを向かずにロックグラスを傾けた。
「それは? 今飲んでる黒っぽいお酒」
「……これは、ブレンデッドのアブサン。一口飲んでみる?」

 これは何年も前の記憶である。
 知人に連れて行ってもらったバーで、隣り合ったきれいな男の人に一口飲ませてもらったアブサンは複雑な味わいで、しかし驚くほど飲みやすく、甘露のようだった。
 『アブサン』という名前は聞いたことがあった。
 昔、ヨーロッパで流行して芸術家たちを虜にし、中毒にした危険なお酒。販売中止になった禁断のアルコール。
 ゴッホ、ピカソ、ランボー。絵や文学に詳しくない私でも知っている有名な人たちを虜にしたお酒。
 あのバーでは、一口飲ませてもらっただけだったが、私はその複雑で飲みやすい不思議な感触を何年も忘れられずにいた。

「アブサンを、ください。ロックで」
 新しいバーに入る時、私はバーテンにこう言うことにしている。
「うちのバーは、アブサン置いてないんですよ」
と言われることも多い。
「どうぞ」
と供される場合でも、PERNOの透明なアブサンが、氷と混ざり白濁していくものの場合が多い。
——違うのだ、私がもう一度飲みたいのは。

 あの日に寄ったバー。あの場所に行けば同じ(ブレンデッドのアブサンと言われていた)ものが飲めるのではないかと、あの店を何年もグーグルマップで探そうとしている。
 忘れていないはずだ。あの黒みがかった液体の色。複雑で、口当たりが甘くて、驚くほどするする飲めてしまう魔法のようなお酒。

 ついに見つけたその店を、今度はひとりで訪れてみようと思う。

——駒込 VARIANT TOKYO

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