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豊穣の夜

ダンクシティの片隅、ルイーダスの酒場は今夜も賑わっていた。


美味い肴と旨い酒が評判の店で、常連の客と近くにある迷いの森を探索する冒険者が絶えることなく出入りしていた。


深夜も近くなり客足も落ち着き始め、それまでひっきりなしに調理をしていた店主ルイーダスの手もようやく休まる頃、吟遊詩人ギルバットの歌曲が盛り上がりを見せていた。


娯楽の少ないこの辺りでの彼の曲は絶大な人気があり、彼が唄う日はいつも賑やかな夜となっていた。


彼の曲はスケールの大きなものが多く、遺跡を護る古竜にたった1人で対峙した蛮人が、鍛え抜かれた身体と一刀の剣のみで古竜を遺跡から解放する噺、呪術により蛙へと換えられた一国の王子が解呪の法を求め世界を旅し、遂には蛙の王国を興す噺等々、どれも聴く者を高揚させた。

但し誰もその噺を信じておらず、一国の軍隊を持ってしても古竜と渡り合えないだろうし、掌に乗るほどの蛙が世界中を旅することなど出来ないだろう。

中でもこの夜一番盛り上がった、夜に蠢くものの怪の噺など、夜更かしする子供を寝かせつける口述の典型であろう。

町人たちにとって作り話か真実かなどどうでもよく、とにかく酒の席が賑やかになればそれで良いのだ。この夜はそれが十分に達成され、疲れを癒やし、明日への英気を養えたことだろう。


次の朝、ヘルムートが「得体の知れない異形のものを見た」と騒いでいたが、呑んだくれの彼の言う事など誰も信じなかった。今日も彼らは忙しい1日を過ごし、夜になればまたあの店で騒がしいひと時を過ごす事だろう。


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