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涙のワケ、を解析。

息子の、保育園最後の保護者会がありました。
ADHDの診断を受けている彼は、おそらく今年も自分がなんとかできないスピードでたくさん成長して。
同じ数のアンバランスの壁にぶつかり、同じ数の「問題行動」で誰かを泣かせてしまい、息子自身も泣いて怒って前進してきました。

普段はできるだけ、親として彼にできることをできるだけする、のスタンスで、
あまり真っ向から彼が及ぼしている周囲への影響に向き合わないようにして過ごしていますが。
こうして今日のように同じ学年のお子さんの親が集い、迷惑かけてしまったお子さんの保護者の方を見渡したり、他のお子さんの成長した点のエピソードをお聞きすると、申し訳なさと親としての情けなさと他のお子さんとの違いに向き合わざるを得ないこともあって、自分のエピソード共有をしたあとから涙が止まらなくなってしまいました。

号泣にならないようには気をつけましたが、はらはら止まらない涙。
それに、周りの目も気になりましたが。
それだけの重みを受けてその場にいる自分を、自分だけは受け止めようと、とにかく保護者会が終わるまで踏ん張る。

園長からの終わりの挨拶で、凸凹のあるお子さんにもあたたかな見守りありがとう、や、個性が強い子が多い今年の年長組は先生の中で大人気、なんていうコメントがあり、
涙の大波が到来。

保護者会後は、子供達のお楽しみ会の劇披露です!の担任の声に会場移動を開始している中、
私はといえばティッシュを探したり荷物をまとめたりとモタモタしているものだから。
園長先生に優しい系の声をかけられてしまい、涙の津波が堤防を乗り越えて泣き崩れるの巻。

お楽しみ会から合流の夫はしっかりベスポジ確保していたので、そのまま別々に劇を鑑賞。
今回は練習にもしっかり参加できた息子だったのもあり、劇の方は安心して見ることができ、涙腺は壊れた堤防修復中のちょっとしたひび割れから漏れる水量にとどめられたものの。
劇が終わる頃には、泣き腫らした目が完成!

帰宅後に、夫に起きたことを話してみたところ、
…劇に感動したワケじゃなかったのね?と一言。

夫に話した時点の振り返り第一バージョンでは、
息子が成長したことなんてしれっとニコニコ話せないよ…申し訳なくて…
が琴線に触れたのかと思っていましたが。

今改めて振り返り第二バージョンをしてみたところだいぶ自分解析をすることができました。ふう。

夫のアドバイスとしては、
もう開き直っていいと思うし、開き直らないと持たないよ。
…でしたが。

ある意味その通りだけど、ある意味の開き直りはしたくない自分に出会いました。
まだ、どこかにスイッチがうまくハマるポイントが見つかる、いえ、見つけてあげたいと思う自分。
その方が気持ちの面では苦しいと思うけれども。

いろんなことに出会って、いろんな刺激に触れて、いろんな困難に直面して、ってのをここから数年ひたすらやったら、
彼の世界は広がり、経験値は増え、多少のことに驚かない鈍感力を手に握らせてあげられるのでは?
そんな理想をまだ捨てきれません。

…ここ数年、子供ネタ以外で泣いた記憶がない、45歳の春。です。

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