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2003年ヒッチハイクの旅 〜0番線〜 9日目「想う」

 9日目の朝。6時過ぎに起きた。外には海が見える。ぱらぱら雨が降っている。
 道の駅から外に出る。大きな地図を見ているときに、そこに来た男の人に声をかけるが、下関方面は行かないと言われ、断られる。
 ゴールまでもう少しなのに、なかなか前に進めない。島根からなかなか先に進めない。島根にはなんかの縁があるのではと思ってしまう。
 運命や縁という言葉はあまり好きではないが、なんだかそう思ってしまう。そういうことを意識したのは、富山から石川まで乗せてくれた13台目のおっちゃんが、そういう話をしていたからである。ただ通り過ぎただけの県というのは縁がなくて、富山なんかの停まったところは縁があり後々の人生の中でまたその場所へ戻ってくるという。
 気持ちがもうすぐゴールするっていう状態だからか、急いているのかもしれない。「旅は人生のようだ」と言える旅がしたいと思っていたが、ここまであっさり来ることができた気がする。そして、もし人生に例えるとするなら、ゴールは死を意味する。これから死に向かう。なにを急いでいるのだろう。そんなに急がなくてもいいのではないか。今までが調子よくこれたから、上手くいかなくて焦っているだけだ。

 近くには民家が建っていた。雨のぱらつく中を20分ほど歩く。
 山形で買ったビニール傘はCにあげたので、今、傘を持っていない。コンビニで傘を買おうと思ったが、高くつきそうなのでやめた。百円ショップを見つけたら探そう。
 自分は晴れ男だと思っている。運がいい、というより勘がいい。雨が降りそうにないと思ったら降らず、降りそうだと思い傘を持っていると雨が降る。
 次、車に乗せてもらうまでは傘は必要ないと思った。ただ、だからこそ早く車に乗せてもらおうと思った。
 バス停が見える。バス停はバスが停まるスペースがあるので、ここにしようと思った。バスの時刻表を見て、バスがまだ来ないことを確認し、「益田」をかかげてヒッチハイク開始。
 益田は、昨日、湯の川の道の駅まで乗せてくれた人が言っていて、車の中で書いた。一気に長い距離を行くのは無理だとあきらめ、無難な、島根県にある益田にしたのだ。そして、益田から南に国道9号線をそのまま進んで山口県を内陸に入り、山口市を通って下関へ出る予定。
 ゴールはもうそこなのだから焦ることはない。

 30分ぐらいだろうか。一台の車がUターンしてきて、バスの停車スペースではなく、私のいる歩道に乗り上げ停まった。私が助手席側から顔を覗かせると、「乗れ」と言われ、ちょっと恐そうという第一印象を受けて、礼を言って助手席に乗らせてもらう。
 なぜか名刺を渡される。そこにも書いてあったが、よく見ていなくて、相手の言葉で知る。学校の教諭だった。今から学校に向かう途中だという。
〈そうか、今から学校かぁ。そうやなぁ、そんな時間やなぁ〉
 と思っていたが、いや、今は夏休みだ。そう、今、世間は夏休みなのである。学校の先生という職業は、今の夏休みにどんなことをしているのか知らないが、毎日忙しいみたいだった。
 話していると、初めの恐いという感じは徐々に和らいでいった。
 山道を走る。途中、他の県では見たことのない「ポプラ」というコンビニに寄る。
 なんだか、先に行けば行くほど、乗せてくれる人が太っ腹な人と思えてくるが、この人もすごかった。おにぎりをおごってもらった。一つだけでも充分ありがたかったが、4つ選びなさいと言われ、色んなおにぎり4つ選ばせてもらった。普通にどこのコンビニでも売っているのかわからないが、うなぎのおにぎりもあったのでそれも買った。そして、バナナ3本を買ってくれ、コーヒーまでも買ってくれた。おごってくれる当の本人の方が買う量が少なく、私におごってくれる量の方が多かった。
 ありがとうございますという気持ちと、自分なんかのためにすいませんという気持でいっぱいやった。
 ここのコンビニでおごってくれるというときも「すいません」と言ってしまった。「俺なんかのためにすいません」という意味だけど、「すいません」ではなく「ありがとうございます」と言えばいいのに、なぜかそっちを口にしてしまう。

 田舎道を再び走る。またずっとコンビニはなかった。
 途中、その男の人に言われて建物だけ見た砂の博物館。大きな砂時計があり、ちょうど一年で砂が落ちきるという。ちょっと見てみたい気もしたが、そのまま通り過ぎる。なぜそんなものを作ったのか不思議だった。観光名所が少ないから造ったのかとも思ったが、ラーメン屋の看板で「なき砂」という文字を見て理解できた。その先生に聞いたが、島根が、あの砂を踏むと音がするなき砂で有名なところらしい。
 話を聞いていくと、その先生がどんな先生かわかってきた。
 保健体育の先生で、部活の担当は剣道。もうすぐ退職するというその人は、今になって学校の人間関係はつまらないものだとわかってきたと言う。学校というところは、それぞれの教科にそれぞれの先生がいる。そのため、上下関係もなく、それぞれの分野でそこでは城の王様なのだ。上下関係のある一般の会社と違い、物を教えあったりすることがない。つまりは交流がないのである。上司の付き合いで飲みにいくという普通の会社では当たり前のこともない。
 学校の先生なんてつまらないと言い張る。その点、剣道はいろんな学校からいろんな人が集まって試合をしたりして、交流があって楽しいという。
 日本は、卓上で物事を考える。ドイツは、やってから考える。フランスは、やりながら考える。という、いかにも先生らしい話も聞く。
 山口県の県庁所在地を尋ねた。いまいちよくわかっていなかったが、山口市だと知る。身をもって地理に詳しくなると思った。実際に、自分の足で歩き、自分の目で見て耳で聞く。島根県の県庁所在地が松江だということも、多分一生忘れないと思う。

 自分のアパートだという場所に来て、中国地方が載っている地図を持ってきてくれた。再び走り続け、「you me town」というデパートみたいなところで、雨の降る中降ろしてもらった。
 傘がない。傘を買わなくては。もう百円ショップどうのこうのいってられない。高くてもいいから買わないと。九州に行くまでに雨が降るとは限らなかったので、雨が降ったら傘を買えばいいか、とのんきなことを思っていたからこうなってしまった。
 10時の開店までまだ20分ほど時間がある。店の前で待っている人たちと一緒に私も待つことにした。
 開店時間。一斉に中に入る人たちの後の方から中に入る。食料品売り場を抜けた奥の方に椅子とテーブルがあった。トイレに行ったあと、そこの椅子に座り、一休み。
 「you me town」と書いて「ゆめタウン」というらしい。「あなたとわたしの夢がふくらむゆめタウン」。ふ~ん。
 私の横に一つ椅子。テーブルを挟んで、二つ椅子がある。もちろん他にもテーブルはあるのに、一人のおじいちゃんが私の斜め向かいに座った。そして、そのおじいちゃんと一緒に来ていたおばあちゃんも私の隣に座る。
〈他にもいっぱい空いてる席あるのになんでや?〉
 謎だ。

 さっきの先生が、「女の人は乗せてくれないだろう」と言っていた。私に限らず、ヒッチハイクしている人は、女の人でも乗せてくれる人はいると思う。ただ、相手がこちらを見て、判断して乗せていることは確かだと思う。乗せたくないと思ったら乗せないと思うし。私はどうなんだろうか。乗せてもらえてる方なのか、そうでないのか。
 店内案内地図に百円均一の店を見つけ、二階のそこへ行き、折り畳み傘を買う。ティッシュを買おうとしたけど、京都からここまで、使わずに来られた。朝起きたときに目が痛いときも目を洗いにいけばいいことだし、特に使わなければいけないこともないだろうし、ティッシュぐらい街頭でもらうこともできる。

 外に出て、雨がきつくなってきて傘をさす。大丈夫。今度のやつは壊れなさそうだ。
 そして、雨の中、ヒッチハイクして乗せてくれたのは夫婦と思われる人。後部座席に乗る。
 手いっぱいの飴をくれた。
 眠かったのと、運転席と助手席で二人してしゃべっていることが多かったのとで、何度も夢を見るほど眠っては起き眠っては起きを繰り返していた。そのせいか、その車に乗せてもらった前後のことはあまり覚えていない。
 ガソリンスタンドで降ろしてもらい、少し歩いて橋を渡ったところでこの調子を逃さないためにもすぐさまヒッチハイク開始。雨はあまり降っていない。
 時間帯のこともあると思うし、民家も多いということもあるが、人が多い。もちろん、街中ではないのでひんぱんに人は通らないが、私が立っている歩道を人や自転車などが通る。
 小学生ぐらいの男の子二人が前から来た。なにやら橋のところで話をしている。その男の子たちが私の横を通り過ぎる。
「こんちはー」
 そう聞こえた。とっさのことだったので、私はその子の顔を見て黙って頷くことしかできなかった。見ず知らずの人からそう言ってもらえるのは嬉しいことだった。ただ、ずっと昔はもっとこういう挨拶があってもおかしくなかったかもしれない。見ず知らずの人と挨拶するなんて、今の世の中あんまりしなくなったのかもしれん。私も、自転車で旅をしていそうな人を見かけてもなにも言うことができなかった。「こんにちは」と挨拶したいけれど、返事が返ってこなかったらどうしようとそんなことばかり考える。実際、私もタイミングを逃して、この男の子たちに「こんにちは」と言うことができなかった。そういう習慣もなかったので、対応できなかった。相手に嫌な思いをさせただろうし、挨拶できなかった自分もくやしい。
 私のいた場所というのが、民家へ続く道のある場所だった。そこへ入る道に一台の車が停まった。よくわからない。このままバックして、家に戻る車なのか、ヒッチハイクに反応して停まってくれた車なのか。こういう状況がものすごく苦手だった。私のために停まってくれたのかそうでないのか。しかし、ヒッチハイクしている以上そういうことはつきものである。だからこそ、今まで、そういう勘違いが起きそうな場所は選ばなかった。停まってくれるとしたら私のために停まってくれる以外停まる理由がなさそうな場所ばかりだった。
 助手席側へ走り寄る。運転席にいるおばちゃんと思われる人にジェスチャーで示すと、首を横にふった。やっぱり家に戻る車やったみたいだった。
 やっぱりこういうのって恥ずかしい。でも、こんなことでめげてはいけない。

 ヒッチハイクを始めてから1時間ぐらい経った。1時間をひとつの区切りと思っていた私は、そろそろ別の場所に移ろうかなと思っていた。しかし、テレビ番組などでよくありがちな、まさに「あきらめようと思った……そのとき!」である。
 後方で鳴ったクラクションが鳴った。それを聞いて振り返ると、軽トラックが停まっていた。
〈遠い……、けど俺か?〉
 私にかどうなのか微妙な位置だった。ちょっと考えたが、私にだと思い走り寄る。
 運転席にいたのはおじいちゃん。乗せてくれるという。
 助手席のドアを開けると、蜘蛛が。手ではらいのけて中へ。その時、なんでもできるような気がした。一時的にしか蜘蛛に触らないとわかってはいるけど、すぐさま手ではらう行動に移せた。
 よくしゃべってくれる人だった。だからかどうなのか、さっきまでの眠たさはなかった。
 たまになにを言っているのかわからなかった。窓を開けて走行しているせいもあり、よく聞き取れないこともあった。
 窓を開けて走るのは好き。「走っている」ということを体で感じることができるから。
 さっきまでそれほどでもなかった雨がきつくなってくる。
 国道を走り、ついに島根県から山口県へと。もうすぐ九州という感じよりも、やっと島根を抜けることができたかという感じのほうが強かった。島根だけで5台も乗った。本当に、なにか縁があるのではないかと思ってくる。
 今走っている道の高さより下に位置する集落の屋根が赤い場所を通る。そこへ下りる道の入口に大きな赤い鳥居があった。一瞬で通り過ぎてしまってよくはわからなかったが、薄暗いことも手伝ってか不気味に見えた。
 このおじいちゃんからも、一度遠慮はしたが飴をもらった。

 店が少しあるだけの場所で降ろしてもらった。そのおじいちゃんは次の交差点で曲がるのでここまでしか乗せてもらうことができなかった。
 雨はぱらぱらと降っている。車の通りはあまりなかった。今日の一台目の先生が買ってくれた四つ目のうなぎのおにぎりを食し、すぐにヒッチハイク開始。 また雨がきつくなってきた。
 条件はそれほど悪くはなかったが、車の通りも少なく、雨も降っているので傘を差しながらという状況だった。そんな中、反対側の歩道から若い坊主頭の男の人が声をかけてきてくれた。乗せていってくれるらしい。
 奥にあった家の車に乗って走り出す。赤ちゃんがチャイルドシートに乗っていた。
 植木屋をしていて、そこらに見える植木を自分が植えたと言っていた。
 「長門峡」という道の駅で降ろしてもらう。もともと誰も乗せてくれる人がいなさそうなさっきの場所でヒッチハイクしている私を見かねて乗せてくれたので、これからどこへ行くでもない彼は、元来た道を戻っていった。

 中には誰もいなかった。道の駅内にあるのか、ただ繋がっているのかわからないご飯屋の中に2人、客の男の人の姿が見えるだけ。
 演歌が流れているその道の駅で休憩。まだ19時にもなっていないが、雨も降っているのでここで寝ることに決める。壁にコンセントがあったので、携帯電話を充電させてもらった。これってやっぱり犯罪になるのかなぁ。

 充電も終わり、ベンチで横になっていると、21時ごろ、ご飯屋あたりから来た男の人に出ていくように言われた。
〈9時で閉まるんかいな〉
 仕方がないので外に出る。当たり前だけど、太陽は沈みきり、街灯の明かりが目の前の国道を寂しく照らす。
 山に囲まれた国道の先を歩いていく。ちょっと行ったところにトラックが数台停まっており、その内の一台が車内の電気を点けていた。
 停まっているトラックというのは、少ない休憩時間の間に眠ったりしているだろうし、いちいち声をかけたくはないと思っていたが、電気が点いているトラックになら声をかけようと思った。
 しかし、やっぱり恥ずかしかった。どうせ山口まで歩いて6時間ぐらい。そのくらいなら、少し長いが歩いていこう。
 声をかけるより、6時間歩くほうを取ったのだ。
 しかし、しかしである。
 歩いていくのは無理だと悟った。明りがない。暗すぎる。この先の道は街灯がなく、まったくといっていいほど光がないのである。たまに通る車のライトぐらいしか照らしてくれるものがなかった。もちろん曇っている空から月明かりなど照るはずもない。
 引き返そう。
 もともと歩いていこうと思ったのも、ここを通る車が、まだ夜中の9時にも関わらず少なかったからである。しかし、それでもヒッチハイクを試みようと思った。
 引き返すと、さっきのトラックの明りが点いていなかった。点いていたら声かけようと思ったのに。
 そのトラックがまた明りが点かないかどうか気にしながらさっきの道の駅まで戻ってくる。

 近くの自動販売機の前。街灯とともに虫がたかっている。田舎の自動販売機はこういう感じなのだろうな。虫がうようよ。大きな蛾が、我が物顔で止まっているのにはびっくりした。
 ヒッチハイクのボードをかかげている最中でも虫がぶつかってくる。田舎暮らしは絶対無理だ。
 近くに来たおっちゃんに声をかけるが、違う方向だと言う。そして、しばらくして、車が停まってくれた。乗っていたのは、方言バリバリのおばちゃん。
 ありがたく乗せてもらった。
 一度は通り過ぎたが、気になって戻ってきてくれたという。
 そして、野宿ができるかもしれないと思ったJR山口駅まで乗せていってもらう。国道を反れ、そのまま道なりに進み、そして、駅前でお別れ。
 小さな駅だった。ここが県庁所在地の駅なのかというくらいに小さい。
 中にはほとんど人がおらず、ベンチがあったのでそこで眠る。


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