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スカイツリーをみつけて「帰ってきた」と思う自分になってしまった

夫の予告していた首都高の渋滞はひどくなかった。まわりの景色が東京らしくなったら、銀座ではなく湾岸線の文字を追う。いつの間にかカーナビなしで茨城の実家から自宅に帰れるようになってしまった。

スカイツリーの見える場所に私の住まいはある。(夫の購入した家だから、私の家、という表現は心情的に使えない。)東京に移住した当時、商業的あるいは国家的目算から建造されている大きな物体だなと考えていた。25歳のころだったと思う。

移住なんてカッコつけた言い方をしながら、実際のところはかっこわるい。新卒で入社した企業の寮に住んでいたけど、数ヶ月後その会社をいやになって辞めた。当然寮にはもう住めないけど、行くところがなくて、自活する自信もなくて、当時付き合っていた夫の家に住ませてもらっただけなのだ。

そんな選択も月日がたって、自己否定とセットでなく、ただの事実としてひとに伝えられるようになった。それどころか苛立ちややるせなさを、嫉妬だからと自分に伝えられるようになった。私は今傷ついているとか、とても気持ちが苦しい(理由はわからないけれど)とか、折々にこころの中でつぶやくこともできる。いまだ、消化の仕方はわからないことも多い。

太ることに寛容になったし、気に入ったシャンプーの銘柄もみつけたからもうドラッグストアで悩むこともない。購入して使ってみてがっかりすることも。

スカイツリーの完成した年に子供を産んで、今年35歳。首都高から目にする川べりの塔は、夜の空にとてもなじんでいる。作ることを決めた人間の合理的判断とは無関係に存在しているみたいだ。まだ登れていないけれど。

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今日の車は実家の軽で、私はそれを借りる時毎回おっかなびっくり父親におうかがいを立てる。今日は予想に反して快く車をかしてくれた。もう劣化した車だからそんなにこだわらなくなったのかな。わざわざ給油をしてETCカードまで準備してくれた。

車は今年の暑さにやられたのかもう時間がたちすぎてしまったからなのか、エアコンがきかなくなっていた。

バックミラーもサイドミラーも汚れていて、後ろの様子を窺いづらい。おまけに夜だからライトが反射する。いつものレンタカーはとても管理されていたものなのだなと実感する。

13年前、一度きりのアメリカ旅行から帰ってきたら購入されていた軽自動車。ある日路駐しようとして壁にこすりつけてしまって、その傷は父がめだたないようにしてくれたんだっけ。

別に父は、娘である私を信頼していないというわけではないのだと思い出を眺め返して思う。ただルールに厳格な雰囲気が強く印象に残っているだけで。高卒以降務めていた銀行を数年前に辞めたのも、少しは関係しているのかもしれない。

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実家の隣村(合併していまは市になっている)から高速道路に乗ると、久々の運転の緊張も手伝って汗ばんだ。窓の降下を調整する機能ももしかしてくるっているんじゃないか?運転席の窓の開け閉めに苦心した。というか、成功率は1割を切ったので、閉めたままか全開のどちらかしか選べなかった。

助手席の窓は細く開けることができた。風を受ける息子は快適そうだ。音楽を聴きたいという彼に、音声でスマホに指示を出すといいよとアドバイスする。私のアイフォーンは彼のリクエストを聴き取り、最近小学校ではやりだという曲を流してくれる。

ぐでぐでに寝てしまって、チャイルドシートから重たい頭部がはずれそう。でも目線を前から離すわけにはいかない。彼の首の筋がどうにかなってしまうんではないだろうか、と心配して車を走らせていた頃を思い出す。

同時に、それがいつなのか思い出せないなと考える。私の子供は一人だけなのにこんなに混乱している。これから三人目を出産する妹はどうやって思い出を整理していくのだろう。

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ミラーはくすんでいても、乗り慣れた軽は走行車線を私の思う速度で走ってくれた。それなのに、来年この車があるかどうかを確信できない自分がいる。

実家の庭にいた犬は軽自動車よりもっと年寄りで、私が浪人生をしていた時に我が家の家族になった。勢いよく庭からリビングに前足を載せていた頃のしぐさは、もうかすかに残るだけだ。

茨城に残してきた私の人生を支えるものたち。きっとそのうちに、それらにふれられなくなってしまうということ。その事実を認識するときの息詰まる感じは、もう何度か経験しているのに、きっとまた確実に、私を打ちのめす。

人生の新しい出会いに慰められるであろう自分をうらめしく思う。おとなのいやらしいもくろみで作られたスカイツリーなのに、私の人生はもうそれなしでは精彩を欠いてしまうのだった。

鉄塔を眺めるたび「帰ってきた」と感じてしまう自分も、実家周辺の緑にゆるんでしまう自分も、どちらも両立できるものではないのか。私は何に、抗おうとしているのだろう。

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