【LTVはチャーンレートに反比例】サブスクの年額プランはどうしてお得な価格に設定されているのか?
はじめに
今時、世の中にはいろんなサブスク(サブスクリプション)のサービスが溢れていますね。音楽だったらApple MusicやSpotify、映像だったらNetflixにHulu、Primeビデオ等。フードデリバリーのUber Eatsも配達手数料が0円になるEatsパスというサブスクリプションプラン(月額:980円)があります。
本当に数え切れないくらい様々なサブスクがありますが、概ね月額プランに比べて年額プランの方がリーズナブルな価格に設定されています。
(年額プランが無いサービスもありますが)
何故年額プランにするとちょっとお得になるのか?
ここからはApple Musicの個人向けプランを例に取って、月額プランと年額プランの価格を比較してみます。
年額プランを選択すると、月額プランの2か月分に相当する費用(1960円)がお得になります。私はもちろんお得な年額プランで利用しているのですが、そもそもApple社はどうして年額プランをお得な価格に設定しているのでしょうか?
お得な価格に設定しているという事は、ユーザに対して「年額プランに入って欲しい!」という意思を持っているわけです。
というわけで、事業者側の目線に立ってみて、「何故月額プランの2か月分の売上を犠牲にしてまで、年額プランへの加入を促したいのか」を紐解いてみます。
そのためには、「チャーンレート」という概念を理解する必要があります。
チャーンレートとは
サブスクサービス事業者のKPIのひとつに「チャーンレート」があります。チャーンは英語のChurnを指します。
(”ちゅるん”って読みたくなりますね。)
Churnは解約の事であり、従って「チャーンレート」とは「解約率」の事です。
この「チャーンレート」はサービスによってまちまちではあるのですが、例えばNetflixの場合は3~8%程度と言われています。シーズンや経済情勢等で変動はあるものの、概ね音楽や映像コンテンツ系のチャーンレートは今のご時世だいたい5%くらいと考えておけばいいでしょう。
チャーンレートが5%というのは、「毎月、放っておくと会員数が5%ずつ減っていく状態」として考えられます。顧客がサブスクサービスをチャーンする理由は様々でしょう。
サブスクサービス事業者としては、
といったアクションを取ることで、売り上げの維持拡大を志向します。
チャーンレートを加味した年間売上高を考えてみる
ここからは事業者側の目線で年間の売上高を考えてみます。とあるユーザがApple Music(個人向け)の月額プランに加入した初月を0カ月目として、1年間(12カ月目まで)の売上高を考えてみましょう。
はい。こんな感じです。何も考えずに980円を12カ月目まで足していけばよいだけの話です。これは、ある一人のユーザが解約せずに12カ月まで利用し続けてくれた前提の計算結果です。ユーザ数が仮に1000万人いるとすれば、上記の計算結果に1000万を乗算して総売上が出ます。
しかし現実はそう単純ではありません。正しく年間の売上高を予想するためには、チャーンレートを考慮に入れる必要があります。
チャーンレートは解約率であると説明しましたが、「ある一人のユーザが解約する確率」とも見る事ができます。チャーンレートが5%という事は、「ある1人のユーザが1か月後に5%の確率で解約してしまう」とも言えます。
ここで、あるユーザがnか月後にサービスを継続している確率は「100×(1-0.05)^n[%]」となります。解約率が5%という事は、継続する確率は95%です。とすると、100人のユーザの内95%(95人)が翌月も継続利用してくれると考える事もできます。更に翌々月は95人のユーザの内の95%(約90.3人)が継続利用しているという事になります。
では、チャーンレートを加味した年間の売上高を予想してみると以下の様になります。
(小数点第1位までで四捨五入しています)
チャーンレート5%として考えた場合、あるユーザがnか月後にサービスを継続している確率は「100×(1-0.05)^n[%]」でしたね。ということは、あるユーザのnカ月目の月額費用の期待値は「980×(1-0.05)^n[円]」になります。
(値×確率が期待値の定義です。)
さて、チャーンレート5%における12か月目の売上期待値(累計)を見てみましょう。約9538.5円となっています。これは「あるユーザの12か月目までの売上期待値が約9538.5円である」という事です。
ちなみに、この約9538.5円を導出する計算式は以下の通りです。
Σ(n=0→12){980×(1-0.05)^n}=980(1+931.0+….+529.6)
という事は、このユーザがもし年額プラン9800円を選択したとしても、Apple社的にはお得に感じる事になるのです。年額プラン9800円を払ってもらえれば、そのユーザのチャーンレートは1年間にわたって0%になります。だってもう1年分費用払っちゃったから。つまり、Apple社の期待値的には、ユーザが年額プランを選択してくれた方がお得なのです。
ここまでの議論を踏まえて、サブスク月額プラン・長期プラン・チャーンレートに関して一般化してみると以下のようなことが言えます。
つまり、事業者側とユーザ側にとってWin-Winになる「nヶ月分一括払いプラン」の価格:N[円]が満たすべき条件は、
Σ(i=0→n){M(1 - α/100)^i} < N < nM
ということになります。ここで重要なのは「なるほど、数学的に事業者・ユーザ側にとってWin-Winな料金プランってのが定義できるんだなぁ〜」って事です。具体的な式展開はこの後示しますが、これは高校数学(数列・漸化式)の知識が必要で、未履修者はナンノコッチャわからん状態になってしまうと思いますので、無視して頂いて大丈夫です。
(注意)ここからは高校数学履修済みの方向け
さて、Σ(i=0→n){M(1 - α/100)^i}てやつをもう少し式展開します。Mは定数ですのでΣの外に放り出してしまって、ここで数列を用いて
S(n)=Σ(i=0→n){(1 - α/100)^i}
と置いておきましょう。そうすると以下の様な漸化式を得ることができます。
S(n+1) - (1 - α/100)S(n) = 1
こいつをS(n+1)について整理してあげると
S(n+1) = (1 - α/100)S(n) + 1
を得ることができます!(1 - α/100)はS(n)の比例定数のように見れますね。数Bでやった「階差数列型漸化式」そのものです。これを特性方程式を使って解いちゃいますとS(n)は以下の様なnの関数(正確には数列)になります。
S(n) = (1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100/α
なんでこんな風に解けるんじゃ?という人は以下のサイトでも参考にしてください。
さて、こいつを元の不等式に戻してあげると、
M{(1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100/α} < N < nM
を得ることができます。
さて、MS(n) = M{(1 - 100/α)(1 - α/100)^n + 100/α} は何を表していますか?これはあるユーザのnヶ月分の期待売上そのものです。先程のApple Musicの例で言えば、12ヶ月分の期待売上は約9538.5円でしたね。さて、n → ∞とするとどうなりますかね?(1 - α/100)は1未満の正の値ですので0に漸近します。つまり、
lim(n→∞) = MS(∞) = 100M/α
となります。n = ∞とは、ある顧客のLTVそのものです。つまりサブスクにおけるLTVはチャーンレートに反比例します!数学的になんと美しいことでしょう。
更に踏み込んで考察してしまうと、LTVよりも高い金額をエンドユーザから貰えれば、事業者側は安泰と言っていいでしょう。
最後に
概ねこの様なからくりで大半のサブスクサービスの年額プランは、単純な月額プラン×12カ月分よりもお得に設定する事が可能です。
サブスクサービス事業者側としてはチャーンレートが0%にならない限り、「既存会員が解約しないためにクーポン配ったりコンテンツを充実させ続ける」であったり、「新規会員を獲得するためにマーケティングに力を入れる」といったアクションが必要になります。それらは全てコストになります。よって、年額プランは「長期間にわたってチャーンレートが0%になるプラン」として、割引分を差し引いてもなお、事業者的には嬉しいプランになるわけです。
ちなみに、チャーンレートが高いサービスの場合は、もっとディスカウントを効かせる事もできます。
そんなこんなで、サブスクサービス全盛時代の今日、年額プランを賢く使ってお得に楽しく生活したいですね!
おわり
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