本屋さんへ行く前に

休みの日、家の窓拭きをしました。
網戸を洗い、水拭きで窓を拭き、新聞紙で磨くように仕上げる。
群馬に住んでいた頃、大きな公園のすぐ側に暮らしていたので、朝夕と散歩のひとが家の前を通るのですね。
窓拭きをしていると、まめだねーと言いながらおじいさんがやってきたり、今年も終わるねーと向かいの家のおじさんがやってきたり、名前は存じ上げないけれどよく見かけるひとが、きれいになったねと言ってくれたり。
顔を見れば言葉を交わす相手が家の周りにたくさんいたのです。
温かい人たちのことを思い出します。

さて、小学生の頃のぼくも、毎年年末になると窓拭きをしていました。
住んでいた家、じいちゃんとばあちゃんの家、じいちゃんとばあちゃんのお店、これを1日でまわります。
朝から始めて終わるのは夜でした。
友だちは公園で遊んでいて、ぼくを呼びに来たりもするのだけれど、ぼくは断ります。
せっせとやらないと終わらないから、梯子を上がったり下りたりを繰り返し、外が終わったら中から拭きます。
家が終わると、迎えに来たじいちゃんの車に乗って移動します。
お昼ですよ、とばあちゃんがカツカレーを用意してくれて、食べたらまたすぐ拭きます。
しばらくすると、お茶の時間ですよ、とお菓子と紅茶を用意してくれます。
職人さん、寒いのにご苦労さまです、どうぞどうぞ、お座りになって下さい。
じいちゃんとばあちゃんに饗され、ぼくはいい気分です。
気がつくと外は真っ暗、汚れた雑巾を絞り、梯子を片付けてやっと仕事は終わります。
じいちゃんは車を用意して待っています。
ほら、行っといで。
ばあちゃんにおしりをぽんと叩かれて、ちゃんと靴も履かずに外へ飛び出し、じいちゃんの車に乗り込みます。
じいちゃんが連れて行ってくれるのは、本屋さんでした。
3軒の窓を拭いたから、本を3冊買って貰えるのです。
そのために、ぼくは朝から拭き続けたのでした。
考えに考えて選んだ3冊の本を抱えて帰ると、ばあちゃんがぼくを抱き締めます。
1冊1冊について、それがどんな本なのか、ぼくは説明をします。
ばあちゃんは驚いたり、感心して唸ってみたり。

とにかく本が欲しくて、本を買ってもらうことがうれしくて。
そして、なにより、ぼくがうれしそうにしている姿を見て、ぼくよりもうれしそうなじいちゃんとばあちゃんが目の前にいて。

窓を拭いていたら、忘れていた、そんなことを思い出したのでした。

松本はどんどん寒くなってきましたよ。



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