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「ひらく」だけでは意味がない!大切な「いらっしゃい!」デザインの肝を「イリヤプラスカフェ」と地域コミュニティスペース「カサコ」(設計:tomito architecture)から考える。

事例1:「イリヤプラスカフェ」

土曜日、はじめて入谷のまちを散策。地理的には上野のほんの少し北側。なかなか行かないけど、最寄りの人形町から日比谷線に乗ってみたら、すぐに着いた! 意外と近い。着いてさっそくブラブラ。ぽつぽつと魅力的な店構えのショップも多いことに驚きつつ... あっ、ここは!?

「イリヤプラスカフェ」。ここずっと行きたかったんだよな。偶然の出会い。

この佇まい、いいでしょ? 1階だけがセットバックして生まれた三角形の既存軒下スペースをオープンテラス席にしています。こうして撮っているうちに、次々とママチャリがやってきては、みんな中へ入っていきます。ママチャリはいかに地元に愛されているかっていうことですよね。

中に入ると想像以上に間口に対して奥行きが深い。ここは、築50年の住宅のリノベーションだそうで、カフェができる経緯は、カフェオーナー*今村ナオミさんの記事にまとめられています。土曜日の午後、店内はほぼ満席。

手前の土間スペースは大きめで、既存の棚は本棚に。仕事をする人、食事を楽しむカップル、女子会で話しまくるグループ、グルメっぽいおひとりさん、ご近所っぽいお婆さん... まちなかのカフェとしては、最高の状況が生まれています。この感じは、渋谷新宿目黒などのハイカラタウンでは生まれない、下町ならではだからこそできること。

「これはいいカフェだぁ〜」と感動しながら、メニューを広げるとパンケーキが売りだったので、そのままランチタイムに。こういうところで裏切られるカフェはざらにあるのですが、「イリヤプラスカフェ」のパンケーキが、これがまた絶品でした!都心の行列店よりもぜんぜん美味しくて、生地だけでパクパクいけてしまうくらい。コレ目当てでまた来るぞ!とこの時点で軽くココロに決める。

田中は野菜スープ付きのオーソドックスなパンケーキに。僕はクリームチーズ、スモークサーモンをサンドしたNYスタイルのパンケーキに。うーん、思い出すだけでも、また食べたくなってきた。

入口脇の席に座っていました。ふと外に目をやるとこんな感じ。おそらく犬や子供づれに人気のテラス席。こういうときのテラス席は、どう自然に心地よくつくるかってのが大事ですよね。店先のエッジデザインが「いらっしゃい!気軽にどうぞ」と発信しなくてはいけないから。このカフェのように、建築家が介在していなくても、センスがある人は、難しいエッジデザインもサラッとやってのけます。

面する路地は意外と人通りが多い。きちんとしたひらき方をしていれば、通行人は、店内の賑わいと気配にフッと視線をそそぎます。外から観ていても楽しそうに見えることも大切なこと。

そして、誘われてそのままフラッと入っていく人。いや〜、味よし、居心地よし、愛され度よしのパーフェクトなカフェ。ずっとずっとこのまちにあってほしいものです。

事例2:地域コミュニティスペース「カサコ」

さて、入谷から今度は一気に横浜から二駅の日ノ出町駅へひとっ飛び。冨永美保さん、伊藤孝仁さんによる若手建築家ユニットのtomito architecture(トミトアーキテクチャー)が手がけた、まちのコミュニティー施設のお披露目会(オープンハウス)へ向かいました。

住宅街に現れた白い建物。ちょうど道がゆるく曲がるところに、その建物はありました。住宅街なのに、玄関先がザワザワしているのが、遠目でも感じられる。

実はここ、築70年の二軒長屋をリノベーションして、地域のためのコミュニティスペースに再生したもの。施設名は「カサコ」。「カサコ」は旅人・子ども・地域の方々が相互に教育しあう拠点というコンセプトのもと、2年間!!!もの時間をかけて設計されてきたものだそうです。(その設計プロセスについて、tomito architectのホームページに掲載されています。)施設のコアメンバーとして、企画運営サイドに建築家であるtomitoの冨永美保さんと伊藤孝仁さんも関わられているという点にも注目せざるを得ません。

とにかくとにかく...この手前の角の部分をくりぬいてつくられた広い軒下空間が最高です! 右側に既存部分が残っていますが、手前の角も同じような形だったんです。それをまちにひらくときに、限られた予算のなかで「どうひらくか」と。そこには、設計者の相当な思考の積み重ねを随所に見ることができます。

ただ、壁を抜いて物理的に空けてひらくことなら誰でもできる。けど、それでは大抵人はよりつきません。ただ口を開けた建物は怖すぎますからね。だからこそ、いかにさりげなく、人が思わず一歩近づいて、寄り添ってしまいそうな、絡まりざるをえないデザインが必要になってくるわけです。

頑張れば上がれて、腰もかけられて、自転車も立てかけられるブロックでつくられた広めのテラス。建物の角をまちにきちんと開くために、鉄骨で補強することで実現した、軒先を支える細い柱。奥に新たに設えられた縁側も兼ねた大きなガラス引き戸と、その向こうにキッチンスペース。「なんだろうな?」と思わせつつ、一歩一歩引き寄せるデザイン要素がきちんと散りばめられています。

二軒長屋でしたが、躯体を残しながらその間の壁も取り払いました。この不思議なダブルの階段が、1階スペースの手前と奥を緩やかに区切っていて良い感じ。外から連続する空気が中にも浸透しています。階段を挟むように新たに加えられたのは、グレーの門型の鉄骨。こいつはきっと構造的な補強としても効いているはず。適当な建築家だと、ここにブレースが入ってダサ目になるところ、構造家と施工者の力もキラリと流石です。

2階から1階を見る。2階には3つの部屋が外国から来た方のショートステイなどに利用されるそう。

斜めに走る階段でゆるやかに区切れらた外側と内側の1階スペースを2階から見る。

「イリヤプラスカフェ」「カサコ」も、カフェと地域コミュニティスペースという機能こそ違いますが、グランドレベル故、佇まいとして目指す方向性は同じなのだと思います。だからこそ、どちらも通りがかる人が、絡まらざるを得なくなるようなデザイン要素が巧みに散りばめられています。

2008年のオープン当初は、客がほとんどいなかったという「イリヤプラスカフェ」は、空間もメニューも段階的にブラッシュアップさせながら、今では日常的に賑わいを持つ、まさに地域にはなくてはならない存在となったそうです。一方、2年という歳月をかけて、地域の人たちとコミュニケーションを重ねながらつくりあげ現在に誕生した「カサコ」は、まさにこれから地域の中でリアルに力を発揮していくことでしょう。

軒先の「いらっしゃい!」デザインと同様に、サスティナブルに人に愛され続けることのポイントは、その時々の状況に合わせて、空間やコンテンツをそのときどきの利用者の想いに沿うように、ゆるやかに変え続けられること。それを許容することができれば、本当の意味で利用者の能動性をかき立てるものになるからです。これまでは、そんなところまで建築家が踏み込むことはほとんどありませんでした。しかし、今回のtomito architectureは、企画や事業を立ち上げる最も川上から、この2年間関わり続け、そしてこれからも関わっていくそうです。そんなことができる新世代の建築家の登場は、日本社会にとってとてもエキサイティングなことなのだと思いました。

1階づくりはまちづくり! というわけで、今回は素晴らしい2つのグランドレベルをお届けしました。コペンハーゲンレポが続きましたが、こうして国内はもちろん、他の国のこともどんどん取り上げて行こうと思います。それでは!

おおにし・まさき(mosaki)

多くの人に少しでもアクティブに生きるきっかけを与えることができればと続けています。サポートのお気持ちをいただけたら大変嬉しいです。いただいた分は、国内外のさまざまなまちを訪ねる経費に。そこでの体験を記事にしていく。そんな循環をここでみなさんと一緒に実現したいと思います!