ある面接のエピソード#1

その日はとても晴れていた
5月の空と風は清々しい

駅に降り立つと、人でごった返している
そりゃそうだ、ここはTOKYO

改札を抜けて、西口へ向かい
駅前の通りを右に進むと今日の面接会場だ
迷うこともなく、面接開始10分前に到着した

受付の方に、面接を受けにきたことを伝えると
待合席でお待ちくださいと言われ
椅子の端にちょこんと座った

TOKYOのビジネスマンは昼休みに治療に来るらしい

受付終了間際だというのに椅子に座ってから
もう25人も治療室へ向かっていった

皆、足取りは軽い

診察券を出したら何やら紙を渡されてリハビリ室へ入っていく

治療計画でも書かれているのだろうか?
当時の私にはそれは分かりもしなかった

名前を呼ばれ向かうと、そこにはリハビリ室長さんがいた

「こんにちは、初めまして」と挨拶を交わすと早々にリハビリ室を見せてくれた

治療室では首や肩にタオルをかけられ
揉まれている人

うつ伏せになり腰をリズミカルに揉まれている人

ベットで電気をかけている人

膝や肩をマイクロウエーブで温める人

ウォーターベッドでブルブル揺れている人

ここは整形外科クリニックのリハビリ室。。。
のはず

想像とは違った。。。といえばいいだろうか
いつもみていた景色との変わりがなかった

この時間帯だからそういった方が多いのだろうと言い聞かせた

院長先生の面接前に、空いているレントゲン室へ案内され室長さんと話をした

なぜ、整形外科クリニックを選んだのか?と
「外傷の整復や固定をより経験したいからです」

自分で整復をしたいという気持ちが強かった
だからこそ環境を変えて、骨継ぎとしての腕を磨いていきたいと語った

ちなみに君は整復をしたことがあるの?
「橈骨遠位端骨折を術者で2例でしたらあります」

君ね「整復したことある」っていうのは50例ほど経験して整復をしたことがあると言えるんだよ

室長さんの言葉に唖然とした

1症例を経験することを大切にしていた自分には衝撃だった

言わんとすることはわかる、でもそんなに独占できるものなのか?
もちろん業界の厳しさを伝えたかったのかもしれない

返す言葉に戸惑っているうちに
院長の面接に呼ばれた

診察を終えて、疲れていたのだろう
面接をする顔に笑顔はなかった
聞かれることは、ごく一般的なこと
長所とか短所とか志望理由

察した
これは、あまり興味がない感じが伝わってきた

外傷の処置も経験できるか聞いたら
室長に任せてあるからチャンスがあれば参加してくださいといったスタンスだった

ここからは実技をとのことで
マッサージを10分することに

試技範囲は腰から下肢だ

タオルをかけ、軽擦法から開始する
体格は痩せ型だったが、左の臀部の緊張が強かったのは面接の時も足を組んでいたからかもしれない

強さの加減を聞きながら、これまでいつも通りに
やってきたスタイルで10分が終了した

ありがとうございました、気持ちよかったです

あとは室長と業務について話してもらい
今日は終了でかまいません
結果につてはまた後日こちらから連絡させていただきます

今日はありがとうございました、失礼致します

診察室を出ると、室長さんが待っていてくれた
マッサージBだったね

あっ、Bだったんですね
3段階ですか?

4段階、Dまである
一番良いのがAね

そうなんですね

他に何か聞きたいことはある?

このクリニックで外傷の症例に参加することは
厳しいものですか?

そうだね、勉強もしてもらうから入ってから1年は
かかると思っておいてもらうと良いかな!

そうですか、分かりました
今日はありがとうございました

出口を出たらなぜかホッとした

求人情報だけだはわからないこと
現場に足を運び、そこで働く人間の生身のリアクションを感じる

例え施設基準が同じであろうとも、中で働くものたちの個性によって方向性がガラリと変わってしまう

「学びたいことが学べる」というのは当たり前のようで、実は難しいことだったりもする

柔道整復師としての業の形が伝来するものと、現代のズレを感じ取っていた頃でした

このギャップこそが理想と現実が歪む要因の一つで
骨を継ぐことは、時代と共に大きなうねりと変化を起こしている

人と接する瞬間が上手い人がいるものだなと感じた面接の時間

もちろん、このクリニックとはご縁がありませんでしたが、骨継ぎとしての考え方を学べる機会になったわけです

あの室長さんは今も臨床の現場で活躍されているのだろうか

もしかしたら室長さんも「こうあって欲しい」理想を話していたのかもしれない












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