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【昭和を流行らせたい③】尾崎豊のおススメの曲とその魅力

こんにちは!MASANORIです。

昭和の時代を令和の時代に流行らせたいということで活動しています。

今回は僕の永遠の理想人「尾崎豊」の魅力を紹介しようと思います。

さらに、今回は尾崎豊の個人的おススメ曲も紹介しようと思います。

皆さんの尾崎豊の代表曲と言えばなんでしょうか。

王道のラブソング「I LOVE YOU」?盗んだバイクで駆け出したくなる「15の夜」?どれもいい曲ですよね!!

でも今回は隠れた曲を紹介しようと思います!!

あと最初にすみません。今回は超熱く語るので長くなってしまうかもしれません。早く知りたい方は目次から確かめてください!!

さぁ、生い立ちから彼がどれだけカリスマ的存在なのか説明しようと思います!!

生い立ちとデビュー

尾崎豊さんは1965年東京の練馬区で誕生。小学校、中学校を経て、高校は青山学院高等部に入学します。この時初めて新宿ルイードにてアコースティックバンドNOAを結成して初ステージに立ちます。まだ、高校1年生ですよ?

凄い行動力。。。そして一年後の1982年、CBS・ソニーオーディションに合格。

このとき審査員だった音楽プロデューサー須藤晃さんは尾崎豊の第1印象を「井上陽水さんや岸田智史さんと似た雰囲気を感じた」と語っています。

すごくないですか?高校2年生で井上陽水さんや岸田智史さんの雰囲気を身に纏っているなんて大人すぎる。。

僕のこの頃は好きな子と恋の駆け引きをして日々悶々としていましたからね。俺もこんな高校生になりたかった。。。

ここから尾崎豊が売れるまでスピード感がえぐいです。

デビューから売れるまで

オーディションに合格してから約1年後、あの名曲、1St.シングル『15の夜』1St.アルバム『十七歳の地図』が同時発売されます。しかし初回の売り上げはわずか1300枚。ここから後に300万枚近くになります(笑)

えぐっ!!

発売後、尾崎は高校を中退します。この一年間は白井貴子さんの前座をしたり、日比谷野外音楽堂7メートルの高さから飛び降りて左足を骨折したりしています。(なぜ、飛び降りる。。。)

一年後の1985年1月シングル「卒業」、3月 2ndアルバム『回帰線』を発売します。「卒業」オリコンチャート初登場で20位獲得。『回帰線』は初登場1位を獲得します。(人気がとまらねぇ。。。)

そして11月あの尾崎ファンの間では有名な国立代々木競技場第1体育館でライブします。2日間で約3万人を動員した伝説のライブです!!

「ハイスクールRock'n Roll」を歌う前に語っているシーンがあるのですが、それが、なんか核心をついているような話なんですよね。。


この動画を見ていただけると分かりやすいです。でも通信制限で見れないという人のために書いてみます。

俺は最近こんな風に思っている。若さというのはルールに縛られないということなんだ。そして自分に与えられた全てのルールの中で一体何が必要で何が必要でないのか見分ける力を持っているのが若さだと思う。間違ったルールというのは人を傷つけることのみに方向が向かっている。正しいルールというのは人を愛するということだ。みんな俺が作ったハイスクールRock'n Rollって曲を知っているかい?人を愛したいなら自分の心に向けて叫ぶんだ。それがRock'n Rollだ!!

どうですか。かっこよくないですか!?

僕はこの言葉が心に響いてきました。今では暗唱できるほどです(笑)

是非動画を見てみてください。

このライブの後、1986年 1月1日尾崎はいったん音楽活動を中止します。そしてニューヨークへ単身渡米。約1年間そこで過ごし、日本に帰ってきてからはコンサートツアーを再開し、有明コロシアムで公演します。

ここのライブのおススメは「Scrambling Rock'n' Roll」です。

倒れながら歌う尾崎は心の底から「Rock'n Roll」を体現しているようでカッコいいです。これは人の価値観などで何も言えませんが、最近綺麗に歌うバンドの方が多いと思います。真剣に歌っているのでしょうが、情熱を感じない。泥臭さを感じないんですよね。(お前みたいなやつが語るな)

ブルーハーツや尾崎、XJAPANなど当時のロックバンドは魂の底から歌で自分を表現していたように思います。今は「どれだけ綺麗に歌えるか」に価値を置きすぎなのでは?

まぁいつだって時代は懐古主義です。高校生になると、もっと自由でいられた「中学生が良かった」だの、大学生になれば、「高校生が良かった」だの人はこの現実よりも楽しかったあの頃に理想を求めます。(おい、話それてるぞ)

まぁ理想はさておき、このライブの後、色々ありました。コンサートツアーは過労によって倒れて中止。12月には覚醒剤で逮捕されます。(みんなの期待が辛かったんだろうな)

ここで少しまた語らせてください。最近、覚醒剤を使って逮捕される人や自殺してしまう芸能人の方が多くなりましたよね。これってコロナ禍ということもありますが、芸能界の裏側だと思うんです。キラキラしていつもにこやかな舞台の裏側には必ずドロドロした闇のようなものがあり、そこに覚醒剤や大麻などの誘惑があります。人間そこに踏みとどまれるかどうかなんですよね。初めは誘惑に負けまいと誰もが必死に努力をしているんです。でも誹謗中傷現場のストレス、逆に何もしなくても姿を世に表すだけで人気者になってしまう事による慢心、このような原因で人は努力をしなくなります。人間は弱い生き物で、いったん努力をしなくなるとそこから落ちるところまで落ちます。その結果くだらないことで逮捕されてしまうんだと思うんです。また人の努力や人格を否定する誹謗中傷は本当にひどいです。自殺する原因にもなっているのですからやめましょう。

だから、芸能人はいい意味でも悪い意味でも僕らと変わらないんだなぁと個人的に思います。

すみません長くなりました。戻ります。釈放されたあと、尾崎は一般女性と結婚します。夜のヒットスタジオに最初で最後の出演をします。

この動画なのですが最後の尾崎のシャウトが色々考えさせられます。


1989年3月、シングル「卒業/15の夜」を発売。7月には長男である尾崎裕哉さんが誕生します。しかし、精神的には世間の期待の重圧からどんどん疲弊していきます。

初めは自由や批判なんてくそくらえ!みたいな曲(「15の夜」「十七歳の地図」など)が多かったのですが、売れて結婚してからは愛や罪をテーマにした曲(「KISS」「贖罪」など)が多くなりました。

このことからも、尾崎の成長と世間からの期待に対する重圧が一度に感じられます。ある意味自由を歌うことにより、自由になれなくなってしまったように感じます。なんだか矛盾ですよね。

1991年尾崎の母親が急逝してしまいます。このことがきっかけなのか、交友関係も狭くなり孤立していきます。

そして1992年4月25日土曜日の朝、 民家の軒先で全裸で傷だらけの尾崎を住人が発見します。午後12時頃尾崎は肺水腫のため亡くなってしまいます。

尾崎の本当の死の真相は今でも分かっていません。他殺の疑いはないとされていますが、かといって自殺であるとも断定できません。僕の見解では薬物と酒を異常に摂取しすぎたのではないかと思います。

どんなカリスマでも結局弱い人間なのでしょう。今生きていれば、55歳。

一度でも彼のライブに行きたかったです。

葬儀は4万人ものファンが参列します。これは吉田茂元首相、美空ひばりさんの葬儀と匹敵するそうです。いかに彼は多くのファンに愛されていたかがよく分かります。

さて、気を取りなおして僕がお勧めする隠れた名曲を紹介します。

尾崎豊の隠れた名曲TOP3

第3位「FREEZE MOON」


この曲はとてもアップテンポ気分が最高に上がります!!

バリバリRock'n Rollを極めていますね。尾崎の力強い歌声と阿部さんのソウルフルなサックスがとてもマッチしていてとてもカッコいいです!!

さらに曲の最後、尾崎が観客にメッセージを伝えているのですがこの言葉が僕の心を熱くさせます!!

「なぁ、みんな、夢はあるかーい!?夢を追い続けることができるかーい!?」

短い言葉ですけど深い言葉ですよね。彼は人の心を揺さぶる言葉を紡ぐ天才です。

第2位「ダンスホール」


この曲は先程と打って変わってしんみりしたバーとかで流れていそうな曲ですよね。そしてこの曲は尾崎がオーディションで歌った曲です。

有名な話ですがこの曲のモチーフとなった事件がありまして、それが「新宿歌舞伎町ディスコナンパ殺傷事件」です。80年代ブームになっていたディスコの終焉のきっかけを作った事件らしいです。

事件の内容は当時14歳の少女二人がディスコで若い男二人にナンパされ、一緒に遊んでいたら少女の一人がその男たちによって殺害されてしまうというものです。犯人は見つからずに時効を迎えてしまいました。

この少女がなくなってしまったのは本当に犯人のせいなのか。もっと根源的に未成年がディスコで遊べるという環境そのものがいけなかったのではないか。このことを尾崎は世間に問いかけます。

聴けば聴くほど当時いかに喫煙やお酒などが許されてしまっている環境で危ない社会があったかが分かります。夜で一人お酒を飲みながら聞きたいですね。

第1位「ScrapAlley」

この曲は尾崎の結婚を迎える友達に向けて歌った曲です。

この曲のライブバージョンがあるのですが、その時に尾崎が彼に伝えたメッセージが感動的なので紹介します。

尾崎の元へ3年ぶりに訪ねてきた友達がいいます。

「俺はよぉ、実は親父になるんだ。もう昔みたいに悪いことも出来やしねぇ。尾崎みたいに夢や愛だとか言ってらんねぇけど、まぁなんたって俺には家庭っていうものがあるからな。」

それに対し尾崎がこう答えます。

「分かった。俺もお前も自分らしく生きよう。自分らしく生きることがきっと一番素敵なんだ。おめでとう。そして、Say Goodbye Scrap Alley。」

結婚する友達と歌手として活動していく自分。前よりも会える頻度は少なくなってしまうけれど、ずっと俺の親友だ。そう言っているような気がします。

ScrapAlleyという訳は「ガラクタの路地」といったところでしょうか。

若い頃二人でよくガラクタがいっぱいある雑踏な雰囲気の路地でいつも遊んでいたのでしょう。

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このアルバムです。iThunesやSpotifyなどで聞けるのできいてみてください。

歌詞に友達との思い出を語り合うシーンがあるのですがそれがとてつもなくエモいです。これを聴くとやっぱり交友関係は浅く広くではなく狭く深くがいいな。と思いましたね。

自分の親友が結婚したらこの歌を歌いたいと思います。

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いかがだったでしょうか。僕の尾崎に対する熱意が十分すぎるほど文字数に表れていると思います(笑)なんと総数4362文字!!

初めてこんなに文章を書きました(笑)

やっぱり自分が好きなものは一生語れるんですね。

これでもセーブした方です(笑)他にもおすすめな曲があるので

機会がありましたら紹介したいと思います!!

ここまで読んでくださった方ありがとうございました。

このように今後も昭和の魅力を音楽、映画、など様々なジャンルで伝えていきます。この記事が良かったと思ってくれた方はスキを押してくれると嬉しいです。



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