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男の作法【エッセイ】一〇〇〇字

 池波「師匠」(「食」の作法については特に、師匠とあがめている)の『男の作法』に、こうある。「おこうぐらいで酒飲んでね、焼き上がりをゆっくりと待つのがうまいわけですよ、うなぎが」と。さっそく試してみた。「特上ね。あ、肝吸いをつけて。あと、お新香、ひとつ。お酒、冷で!」と。もちろん、鰻重が出てくるのには時間がかかる。<うん、うん。これがいいんだ。この待ち時間が><それにしても、腹減ったなあ><肝焼きぐらいは、頼めばよかったかなあ>とボソボソ言いながら待つこと、35分。来た!

 『男の作法』の文庫本の解説は、いまは亡き常盤新平さんが書いている。実は、3、4回飲む席でご一緒したことがある。独立前の30歳から17年間、翻訳教育会社に勤めていたのだが、常盤さんに学校の講師をやっていただいていた。社長と一緒の接待の席だった。文庫本が出版されて間もない頃に、初対面。飲んでいたのが寿司屋だった。

 握りをつままない私に、常盤さんが言った。

 「菊地さん、どんどん食べなよ。池波さんも書いている。『握ってもらったら、すぐに食べる』のが作法だよ」

 「あ、よろしければ、先生、どうぞ。風邪気味なんです。薬飲んでいて」

 「そうか。どんな薬だい。見せてみな。僕はね、けっこう詳しいんだ」

 <ドキっ!>

 ある“ヤマイ”を患っていて、抗生物質を飲んでいたのだ。

 おそるおそる、薬を出すと、

 「ああ、なるほど。そういうことな」と、ニタっ。

 <やはり詳しい・・・>

 そのまま「無罪放免」。話題を変えてくれた。社長が女性だったので、話をはぐらしてくれたのだった。さすが、遊びにこなれた「男の作法」をわきまえた、大先生と思った。

 (慌てて)冒頭の「うなぎ」の話に戻すと、作法通りにやってみたものの、鰻屋を出てから自宅に戻る途中で焼鳥屋に入ってしまったのだ。私には、お新香だけでは物足りなさ過ぎた。やはりオードブル程度は、と後悔した。その後に行った時は、「オレ流」に戻した。

 「特上ね。あ、肝吸いをつけて。あと、お新香、ひとつ。お酒、冷で! あ、あと、焼き鳥4本と肝焼き2本ね。それと・・・卵焼き!」

(スーパーの蒲焼で作りました。割りばしは、老舗「はし本」のもの)

(おまけ)

 半世紀も前、高校で知り合ったNY出身の女性と、常盤さんはこの時期の後くらいに、マンハッタンで出会っていたかもしれないのだ。彼女は、常盤さんのガイドをしたらしい。

その話が、


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