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仏教に学ぶ生き方、考え方「円安について思うこと」

 気になる世の中の動きを上げるならば、物価高ともう一つ「円安」を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか?

 物価高は毎日の買い物に直結しますし、肌で感じられている方も多いと思います。

 対して円安はどちらかと言うとわかりにくいですが、外国の方が多くなったり、ガソリンや資材が高騰しているところをみると、「円安であること」を思い起こさせられます。

 そして物価高にしろ円安にしろ、「一気に来る」わけではありません。

 毎日少しずつ「じわじわと」動いてくるのです。

 なので気が付かない間に「いつの間にか」こんなになっていたなんてこともあるでしょう。

 実はそれによく似たことが「仏教」にも見られるのではないてしょうか?

 最近徐々に「お参りの方」が少なくなってきた、お葬式の「参列者」がいつの間にか減ってきた、「年回法要」をいつの間にか止めていた、などなど。

 世の中の流れが少しずつ仏様を軽く考えるようになってきて、つまりは「仏安」になってきているのではと思うのです。

 一見するとそれは「仕方がない」ように見えるかもしれません。

 しかしそれは仏性を持っているすべての私たちの存在自身が、「安く」「軽く」「薄く」なってきているとも言えるのです。


☆今日の一句☆

 仏安は
  自分安だよ
     ほっとけ(仏)ない

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