仏教に学ぶ生き方、考え方「誰かに施すときに大切なこと」
皆さんは誰かに施したことはありますか?
「そういえば年始に親戚の子どもにお年玉を施したな」とか、「去年の法要でお坊さんに布施を差し上げました」など、人それぞれ思い当たるのではないでしょうか?
人に物を施すときに、どういう心持ちになるでしょう?
お年玉なら「大事に使ってね」「ゲームを買ったりしないで、ちゃんと貯金してね」など、渡した後のことをあれこれ考えるのではないでしょうか?
「寄付金」にしても、それがちゃんと「適切に使われているか」どうか気になりますし、国に施した「税金」なら、ちょっとした無駄遣いがあっても怒りに変わります。
では仏教的には施しはなぜ大切にされているのでしょう?
これは一般的な感覚とはかけ離れていると言えます。
つまり、施される方ではなく「施すほう」がどのような心持ちになるかを「重視」するのです。
つまり施しは施すほうが「もらってくれてありがとう」と思うことが大切なのです。
なぜなら施すことによって「執着心」とそこから生まれる様々な「心の動き」から逃れることができるからです。
ちょっと「びっくり」ですよね?
でも「仏教の視点の広さ」に魅力を感じているのは、私だけではないはずです。
☆今日の一句☆
施しを
するほうにこそ
施され
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