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<下流老人 Life Wreck> 魚を食う。汚染されている、たぶん

 中国から無差別の電話番号に迷惑電話がかかってきているらしい。内容は福島原発汚染処理水の海洋放出への抗議(らしきもの)だという。驚いたのはその理由で、電話をかける様子を動画にとってSNSに上げるためらしい。身銭を切って国際電話をかけ、中国政府の反放出姿勢に同調する姿を見せることで広告料を稼ぐのが目的ではないかという。純粋に放射能汚染を憂いてというなら分からぬでもないが、これはしたたかというか、エコロジー運動に泥を塗る行為というか、何と言って良いか分からない。
 考えてみれば、中国を含めた世界中の原発がトリチウム汚染水を海に垂れ流しているのであって、海洋放出に反対する以上、それはやがて自国の原発問題にも目が向くはずだろう。しかしもちろん彼の国ではそれを言ったら苛烈な弾圧を受けることになる。本気で原発問題を考える人は逆に沈黙せざるを得ないかもしれない。
 当事者の日本国内では過半数の国民が海洋放出に賛成している。まあこれなら国内で「風評被害」は発生しないのだろう。みんな安心安全と思っていると言うことだから。残念ながら現代の地球上で汚染されていない食物は存在しない。深海からも極地からも汚染物質が検出されるのだ。我々の感覚が麻痺してしまうのもしかたない。
 亡父の誕生日に鰻でも供えようかと思いつつ、実際には茄子の煮浸しになってしまった。たぶんそれでも父は良かったのだろうが、父の好物は魚だ。今度は月命日に何か魚料理をと思ったのだが、結局、サバの味噌煮缶でお茶をにごした。以前はアジのひらきとかを炙ったりしたのだが、最近はだいぶ気力が落ちている。
 テレビを付けると海洋放出を巡って容認派と反対派が激しく言い争っている。反対派がそもそも論で、これは日本の原発政策が破綻した結果であると主張すると、容認派は原則的本質的問題を語っている場合ではなく、いま目の前にある汚染水を処理するのが喫緊の課題だと反論する。
 しかし彼等はテレビという同じ穴のムジナだ。一秒後には野球の話題に変わって、皆が満面の笑顔で語り合う。もちろん野球の話題が悪いと言っているわけではない。激論もショーの一環だ。プロレスである。時に予想外のエキサイトや事故が起こることもあるが、基本的にはテレビの枠内に収まる対立でしか無い。
 テレビの論調は初めから政府を信じている。「信じない」と言っている人だって信じている。反対論や反対派を報じるとき、そのほとんどは「風評被害」の立場からだ。政府を信じないという漁民も、被害補償してくれないのでは、と語るだけだ。「風評」と言うのは根拠が無いという意味である。放出処理水は絶対安全という前提なのだ。
 しかし「風評被害」が起こるのはまず第一に多くの人が処理水が危険かもしれないと思うからだろう。本来の反対論は危険性の問題、いくら政府が安全基準内と言ってもそれが本当に守られているのか、守られ続けるのかと言う点にある。マスコミはトリチウム、トリチウムと連呼するが、むしろ本当に恐いのは本当にトリチウム以外の放射能が取り除かれているかということだ。その意味でマスコミは根本的問題に触れようとしていない。
 アルプスにせよ汚染水対策にせよ、政府と東電がやってきたのは、現実性を欠き展望も無い計画と、ずさんな管理の連続であった。どれほど失敗をし、それを隠してきたことか。隠したのでは無く公表しなかっただけと言うのかもしれないが。
 政府は「これしか方法が無い」としか言わない。では「これ以外」を検討したのか。環境NGOグリーンピースによれば、そうした議論はそもそも全くといって良いほどされなかったと言う。初めから海洋放出ありきで進められ、それは立ち止まって考えられることなく、思考停止のまま今に至った。日本政府のあらゆる政策は全て同じだ。
 絶対に起こらないと胸を張っていた原発事故は現実に起きた。それが起こってしまうと、今度は自分の責任では無い、不可抗力だ、想定外だと言い出す。絶対など無い、当初からそう認め、そこから始めるべきだったのに。おそらく今度は汚染水処理に問題が起こる。絶対は無い。必ず処理水の事故は起こる。原発事故を起こした政府と東電に何十年も完璧な管理が出来ようはずが無い。
 容認派はいま目の前にある問題を考えろという。しかしそれこそが日本の原発政策の歴史だったではないか。原発反対派はもう半世紀も前から、危険性を指摘し、政策の改善、方針の変更を求め続けて来た。それに対して推進派はずっと「今」の必要性を盾にカネと力でゴリ押しに進めてきたのだ。むしろ原発推進・容認派には、今さら「今」を持ち出すなと言いたい。考える時間、立ち止まる時間は腐るほどあった。今さら「今」を持ち出すと言うことは、これから未来永劫、現状を変える気が無いという意味でしかない。それはつまり議論を拒否する姿勢であり、それは民主主義では無い。

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