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『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』に関する個人的な話

 映画を観ていて、すっかりその雰囲気に酔いしれてしまった……ということがよくある。最近、家で仕事をしていて、Amazonミュージックでデイヴ・グルーシンの曲を聴こうかと検索してみたら、ある映画の曲が出てきてそのことを思い出した。その映画とは、スティーヴ・クロ―ヴス脚本&監督、ジェフ・ブリッジス、ミシェル・ファイファー、ボー・ブリッジス共演の『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』だ。劇場公開当時、筆者は今はなき旧日比谷みゆき座で観て、終わった後の心地の良さといったらなかったことを記憶している。すっかり気に入ってしまい、輸入盤のサントラCDを購入し、レンタルビデオを借り、レーザーディスクを買い、DVDを買ってしまうほどだった。初めて地上波で放送されたのは、公開当時、日本ビクターと共に提供に名を連ねていたテレビ東京の『木曜洋画劇場』で、ジェフ・ブリッジス=羽佐間道夫、ミシェル・ファイファー=藤田淑子、ボー・ブリッジス=富山敬というボイスキャストだった。ちなみにソフト版は相沢まさき、深見梨加、佐々木勝彦、VHS版は佐古正人、未唯、橋本功というキャストで、ファイファーの声を未唯が担当するというのは話題になっていたと記憶している。劇場公開後はリバイバル上映されることもあまりなく、劇場のスクリーンで観られる機会が少なくなっている。
 ジェフとボーのブリッジス兄弟演じる風采の上がらないジャックとフランクのジャズピアノデュオ“ファビュラス・ベイカー・ボーイズ”が、路線を変更し、起死回生をねらって女性ボーカルを入れることにする。オーディションに集まった歌手志望の女性は今ひとつで、諦めかけていたとき、1時間30分遅刻してやってきたファイファー演じるスージーの歌声を聴き、彼女をボーカルとして採用する。スージーの存在が話題を呼び、ファビュラス・ベイカー・ボーイズはみるみる人気を獲得していく。だが、ジャックとスージーが恋仲になったことから、トリオに次第にすきま風が吹き始め、スージーの脱退をきっかけに兄弟の対立がさらに深くなっていく。
 この映画の魅力は何といっても音楽だ。デイヴ・グルーシンの担当するメインタイトル(ジャックのテーマ Jack's Theme)を始め、ファイファーが歌う「モア・ザン・ユー・ノウ(More Than You Know)」、「君の瞳に恋してる(Can’t Take My Eyes Off You)」、「恋の面影(The Look of Love)」、ファイファーがピアノの上でセクシーに歌う「メイキン・ウーピー(Makin’ Whoopee)」、「フィーリング(Feelings)」など、音楽センスにあふれた選曲で観る者をうならせ、ラストシーンからエンドロールの前半まで流れる、ファイファーが歌う「マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)」なんてもう絶品だ。グルーシンのジャジーな音楽に乗せて展開する物語は、ベイカー兄弟とスージーの三角関係が描かれ、まあ、ベタといえばベタだが、ミヒャエル・バウハウスの撮影、洒落た大人の恋物語を監督デビュー作ながら構築してみせたクローヴス監督の手腕が本当に見事だと思う。この3人のほか、後に人気シリーズとなるテレビドラマ『24 Twenty Four』に出演することになるザンダー・バークレイやグレゴリー・イッツェン、さらに、ウォシャウスキー兄弟(後に姉妹)の『バウンド』など、個性派女優として人気を得ていくジェニファー・ティリーが出演しているのも、映画ファンや海外ドラマファンには楽しいポイントだ。
 クローヴス監督はこの作品の後、日本では劇場未公開になった『フレッシュ・アンド・ボーン 渇いた愛のゆくえ』を最後に、『ハリー・ポッター』や『ファンタスティック・ビースト』シリーズ、『アメイジング・スパイダーマン』の脚本を手がけたり、プロデュースをするなど、監督業からは完全に離れてしまっている。『恋のゆくえ~』であれだけの演出力を見せたのに、本当にもったいないと思う。もう監督業に戻ることはないのだろうか。できれば、久しぶりの監督作(アメリカのサイトを見るとあるようなのだが)を観てみたいと思っているのは筆者だけではないはず。

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