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モーツァルト『魔笛』あれこれ⑤ クナーベの存在って?

「魔笛」を初めてみた時って、ストーリーで混乱しませんでしたか?夜の女王が可哀想な母親から悪者になったり、悪だと思われていたザラストロが善の存在に見えたり。私もなんだかよくわからなかったというのが最初の出会い。

でも立場によって善悪は変わるっていうのはこのオペラの主眼でもありますし、モーツァルトもそのように見えるように作品を書いていたのです。決してフリーメーソン的な「ザラストロ万歳」だけではないと思うのですよ。元々夜の女王の夫とザラストロは対立していたわけではなかったのです。夫がザラストロに全てを支配するという「太陽の環」を渡してしまったことに端を発し、対立=権力闘争が生まれてきたのです。

そして夜の女王、ザラストロ、その両方の世界に属するのが3人の童子(クナーベ)です。これも「女王の味方なの?ザラストロの味方なの?」という疑問が起こるのは、作品に接し始めの人にとっては当然と思います。しかし元々対立などしてないということを考えると、両方に属するのは理解できると思います。クナーベたちはどのようにタミーノたちを導いていったら良いか、最初からわかっている「賢い」存在なのです。

最初はザラストロの城への案内人として侍女たちから紹介されます。
「三人の若くてきれいで かわいく賢い童子たちがあなたたちを導きます」
と侍女たちが歌いますが、その「賢い」"weise"には長い音符が当てられていて特に強調されているように思います。

weiseは4分音符

タミーノとパパゲーノは3人について行ったのでしょうが、パパゲーノは勝手な行動ではぐれてしまったのか、一人になってしまいモノスタトスと遭遇してしまいます。でもこれがなければパミーナとも出会えなかったわけですから、自分勝手な行動も意味のあるものだったわけですね。その後とっても素敵なデュエットを歌います。これがなければ魔笛の魅力は半減する、と言っても過言でない素敵なナンバーです。恋人でもない二人が、しかも俗人パパゲーノがちょっとした高尚な内容を歌うっていうのが、なんとも素敵なんです。

一方タミーノはきちんとクナーベについて行き「パミーナを助けられるか?」と3人に聞きます。すると

"Dies kund zu tun, steht uns nicht an 
Sei standhaft, duldsam, und verschwiegen!"
「それは教えられないな、
不屈、我慢、沈黙を守ることさ!」

と答えます。その後の試練で守るべき要件を全て話しているし、ザラストロの行う今後の予定を全て把握していることが窺えます。賢いです!

1幕フィナーレ、最初のクナーベとタミーノのやり取り

2幕に入ると、試練のために取り上げられていた「笛」と「鈴」を返します。この2つのアイテムは試練達成のために必要なものですが、それを踏まえて!クナーベたちは笛と鈴を彼らに返したのでしょう。ある意味ザラストロからもその行動を認知されていて、彼の意思のままに行動する存在なのでしょう。「ザラストロの国にようこそ!」って言ってますし!

「ザラストロの国にようこそ!」って言った後、笛と鈴を返す

2幕フィナーレでは最初に3人が主役の場面が置かれています。ここでは「賢者が勝利をおさめる」という内容の明るい歌を歌いますが、その最後の段落はこのような歌詞になっています。

"Dann ist die Erd' ein Himmelreich,
Und Sterbliche den Göttern gleich. "
「そしたら地上は天国だ。
そして人間は神に近づく」

実はこれ、1幕の幕切れで合唱団が歌う歌詞と一緒なんですね。ザラストロのおさめる世界の住人と言うことが一緒なのです。やはりクナーベはザラストロの意を全て知っている「賢い」存在だ、というのがこのことからもわかります。

1幕フィナーレ最後の部分
2幕フィナーレ最初のクナーベ、歌詞が上の譜例と一緒だ。

パミーナの自殺を救い「タミーノが愛しているのはあなただけ!」と言ってパミーナに希望を与えます。ここで初めてクナーベ3人とパミーナが声を揃えて歌う箇所はなんとも感動的。私はここで泣きます!!

「愛に燃える2つの心は、人の力では引き離せない」と4人が揃って歌う。

その後パパゲーノの自殺をも救います。希望を失った人をギリギリのところで救うのが得意なのでしょう、このクナーベたちは。パパゲーノには「鈴を鳴らせば良いことがあるよ」と言って、パパゲーナを呼び寄せます。ザラストロ目線でいえば試練をクリアしたかどうかわからない凡人たるパパゲーノに対しても、救いの手を差し伸べるクナーベちゃんたちはもはやザラストロ以上の存在なのかも、と私は思ってしまいます。

すんでのところでパパゲーノの自殺を止めるクナーベたち

新国立劇場のケントリッジ演出では最後の場面にクナーベが登場して合唱と共に歌いますが、ここまでの経緯を見ればこれは自然なことと理解できると思います。そしてクナーベの働きがなければ「魔笛」のストーリーは悲惨なものになっていたはず。(パミーナ短剣で自殺!パパゲーノ首吊り自殺!)

以上見てきたように、3人のクナーベがストーリーの核であることがお分かり頂けたと思います。「魔笛」をご覧になる時は是非クナーベたちの活躍に注目して見てくださいね!

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