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モーツァルト『魔笛』あれこれ①

『魔笛』は公演回数の多いオペラだ。私もキャリアの初期から相当数やっている。最初はまだ日本語だったな。「2幕フィナーレ忍び込みからやりま〜す」と演出助手が言うと、今でも『しのびこめ、そっとそっと〜、てきはすぐそこだ〜」というテキストが脳内に流れてきてしまう。最初に日本語が植え付けられている状態で、ドイツ語を入れるのは案外大変だった。上記の部分が "Nur stille, stille, stille! Bald dringen wir in Tempel ein." とスッと出てくるようになるまでにはちょっと時間がかかったものだ。

さて今回の『魔笛』は新国立劇場高校生のための鑑賞教室京都公演だ。毎年夏に新国立劇場で、秋は京都のロームシアターで学生向けの公演を行なっている。演出は2018年に初演されたウィリアム・ケントリッジ氏のものだ。南アフリカ出身のケントリッジゆえか、舞台は19世紀のアフリカ。20世紀初頭の第一次世界大戦を予兆する時代で、写真技術の黎明期でもあり、それを示唆する道具も登場する。未開の地を旅する探検家、測量技師のような格好をしたタミーノ、パパゲーノ。製図板や測量機など世界を把握するための科学的な器具が登場し、ザラストロは「世界を正しく見て、愚かな民衆を導く」啓蒙主義的人物として描かれる。そのような背景を知らずしても、視覚に楽しい映像やドローイングを使った演出なので、理屈抜きに楽しめる舞台なのだ。

さて「魔笛」の楽譜はいつ見ても興味深い。最近は簡単に見られるようになった自筆譜なんて、何時間見ていても飽きないほどだ。そんな魔笛にまつわるいろいろを語ってみよう。

開幕のタミーノは大蛇に追われて登場するが、自筆譜を見ると、もともと
"Dem grimmigen Löwen"
と書いてあり、横線を引いたその上に
"Der listigen Schlange"
が書き込まれている。

横線で訂正された自筆譜、それにしてもモーツァルトの字は達筆で読みにくい!

もとはライオンに襲われる設定だったのね!なぜライオンが大蛇に変わったのかは、ライオン"Löwe"が当時の皇帝レオポルド2世の名前を想起させ、その時期に禁止された風刺的な作品の出版差し止め事件をシカネーダーが察知したためと言われている。皇帝の怒りを買いたくなかったのだ。

そのおかげで、現行の
「きらびやかな日本風の狩猟服を着たタミーノが、右手の大岩から飛び降りて来る。弓は持っているが矢はない。大蛇が追いかけて来る」
という設定が出来上がったわけだ。

なお
"Dem grimigen Löwen"
を採用する演奏もあるようだが、作者が変更したものを敢えて復活させる必要はないだろう。単に演奏者の個人的興味や話題作りからやっていることに過ぎない、と私は思う。

同様なことはこのナンバーの最後、ダーメのアンサンブルのカデンツも同様だ。全集版のスコアの補遺にも載っているが、モーツァルト自身は斜線を引いてカットしているので、わざわざ演奏する必要はない。

ダーメのカデンツは斜線で消されている

さて続くNo.2は有名なパパゲーノの登場アリアだ。これは有名な話だが自筆譜や当時のリブレットには3番の歌詞がない。

No.2 パパゲーノのアリア、1番と2番の歌詞しか書かれていない自筆譜

これを見ると1番、2番共通の歌詞が音符の下に、10小節目からは音符の下に2番の歌詞、音符の上に1番の歌詞が書かれており、3番の歌詞はない。つまり第三者によって3番が付け加えられた、と考えたほうがよいだろう。

その後の上演でこの3番がポピュラーになっていったであろう過程を想像するに「自筆譜にないから演奏すべきではない!」などというのは頑固な思考だ。作品の姿は実演を通して変わってくることもしょっちゅう。今では3番なしのこのアリアは考えられないだろう。

ちなみにもう一つのアリア、20番「恋人か女房が」のほうの自筆譜を見ると、音符の下に1番と3番の歌詞が、音符の上に2番の歌詞が書かれている。このため現行の1番→2番→3番の順番ではなく、1番→3番→2番の順と解釈して記載している楽譜もある。しかし内容的には、No.2もNo.20も3番の歌詞にküssen「キス」が出てくるので、現行版の順番が座りがよいのだ。

音符の下に1番、3番、音符の上に2番の歌詞が書かれている。ちなみにグロッケンのパートは別紙に書かれている。

その②へ続く、


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