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新国立劇場「リゴレット」 2023/5/21

本日は新国立劇場「リゴレット」2回目の公演。少し緊張感の漂った初日よりも、歌手オーケストラともより闊達になり、素晴らしい公演となった。

現在「リゴレット」と「サロメ」が「てれこ」で行われている新国立劇場、私はリゴレットの稽古担当を途中から抜けてサロメに回っていたので、舞台での出来上がりを見るのは初めてであった。

何より主要3役がいい!
ロベルト・フロンターリの演唱は至芸といってよい。"Cortigiani"での爆発から"Miei signori..perdono"の切々たる表現には涙を禁じ得ない。後半に至ると父親たるリゴレットの苦悩が強烈に迫ってくる。秋には再びシモン・ボッカネグラで登場予定だが、ますます楽しみになった。
ハスミック・トロシャンはドンパスクアーレのノリーナでの可憐な舞台姿が印象的であったが、ジルダも素晴らしい!彼女にはやや重い役とも思われるが、様々な表情の変化を歌い分けていてさすがと思わせた。とくに2幕の"Tutte le feste al tempio”の切々と訴えかける表現は胸を打つ。
イヴァン・アヨン・リヴァスのマントヴァ侯爵はノビのある声と自由自在の表現で満席の聴衆を釘付けにした。彼の出番最後、舞台裏での「ぺんすぃえーーーーる」は遠く離れていくように、歌いながら走っているというから凄い!

そしてスパラフチーレ役は安定の妻屋秀和、その妹マッダレーナは清水華澄。今回は兄弟で何やら怪しい関係であったが、それもまた退廃感漂っててよろしい。
モンテローネ伯爵は須藤慎吾、リゴレットには年寄りと呼ばれるが、須藤さんの演じるモンテローネは若々しさすら感じるものだった。

オーケストラは東京フィル。いつも新国立劇場のピットで公演を支える立役者である。いつも素晴らしいが、今日は特に素晴らしい音がした!オーケストラ全体にまとまりがあり、弦楽器がよく鳴る。チェロ、コントラバス、イングリッシュホルンの各ソロは皆素晴らしかった。

それというのもマエストロベニーニの統率力が凄かったからだ。稽古から彼の細かいほどのこだわりを見てきたが、今日の演奏を聴いて、彼の頭の中に描いていた「リゴレット」像が明確に見えたのである。

ヴェルディの初期中期作品は、作りはシンプルなので、なんとなく軽く見られてしまうこともある。ともすると「ブンチャッチャ」と揶揄されることもあるが、この「ブンチャッチャ」にどれだけこだわりを持てるかが、指揮者の生命線である。マエストロベニーニはすべてに血を通わせ、ちょっとした箇所にも手抜きはない。

例えば1幕ジルダと公爵のデュエットおわり、カデンツァが終わりオケの後奏、歌はオケと一緒に切るため長く伸ばすが、その最後の和音でオケをサッと抑えるのだ。すると2人の声が客席にスッと飛んでいく。それが感動を生む。音楽の解釈とはこうしたちょっとしたこだわりの集積なのである。

1幕ジルダと公爵のDuet最後、歌手はオケの切りまで伸ばす。

ジルダの歌う有名なアリア "Caro nome" その前奏は2本のフルートが、ジルダと公爵の二人が寄り添っている様子を表現している。初めはアウフタクトを少し長めにとり、自然落下のように音階を滑り降りてくる。7小節目は16分音符の連鎖、少し前のめりになった後テンポを緩める。
このようなアゴーギグ(テンポの緩急法)はどんな指揮者もある程度やるものだが、センスがよくないとわざとらしくなったり不自然になったりするものである。マエストロベニーニの作るアゴーギグは、ジルダの感情を余すところなく汲み取った最高のフルートデュエットを生み出した。聴いている私たちには全くストレスなく、テンポの伸び縮みが自然に行われ、ジルダの歌を最高の状態で迎え入れるのである。

ジルダのアリア"Caro nome"と歌い出す前はフルートのデュエット、歌の入る1小節前のアゴーギグが絶妙!


またコントラバスの扱いがすごい!3幕有名な女心の歌の前奏ではコントラバスの頭打ちの入りを若干早めにさせる。練習場で聞くと明らかに先に飛び出しているように聞こえてしまうが、公演での効果がいかに凄いかは劇場で聴いた人には自明のことだ。イタリア的な音色が生まれ侯爵の迸るような情熱が伝わってくる。そのあとの4重唱を始めるコントラバスのピチカートにも魂がこもりまくっている。

トラディションでこの前奏は強奏される。公演ではコントラバスに注目!
3幕4重唱、開始小節は強めに演奏される

1幕と3幕の最後にリゴレットによって歌われる有名な"maledizione”という言葉、ドミナントに入った瞬間にオケの音量を絞り声を聞かせるのだ。この方法自体は他の指揮者もやることであり珍しくないのだが、これを全体のドラマの中で様々な工夫をした上で、決めどころのこの箇所で実に効果的に魅せることができるのは、やはりマエストロの素晴らしさなのだ。

1幕終結部。最後の音の前の小節でオケがスッと落ちて声が際立つ。
3幕終結部。リゴレットは最後の音の前でA音に上げることが多い。ここもオケがスッと落ちる。

劇場では常に最高の公演を行うべく我々スタッフも努力しているわけだが、すべてのコマがピタリとはまり、チームワーク(これオペラでもなんでも超大事!だよね) がうまくいったプロダクションでは、このように最高の上演が生まれるのだ。私も「リゴレット」の価値を改めて感じた公演であったし、それが今日本で上演されていることの奇跡を感じずにはいられない。幸いなことに5/22現在あと4公演ある!これを見逃すともうこのリゴレットは見られない!(あたりまえか💦) 是非劇場で奇跡の目撃者となってほしい。


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