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いわゆる「掛け順」に関する一考察

この時期になると,「掛け順」論争が勃発する。

「『掛け順』論争」とは,例えば次のような文章題が出題された時の式の正否に関する論争である。

えんぴつを3人にくばります。1人に2本ずつ配ると何本いりますか。

mommy_webさんのインスタグラムより

上のような文章題が出題された場合,考えられる式は次の二つである。
(1)3×2=6
(2)2×3=6

答えは「6本」であり,(1)・(2)どちらの式でも正しい答えにたどり着けるのだが,小学校(おそらく2年生)のテストでは,(1)の式を書いてしまうと,「答えは〇だが式は×」という採点になることがあるのである。

『かけ算には順序があるのか』 (岩波科学ライブラリー)という本も出ているようである。

文部科学省が出している学習指導要領解説は,掛け算を「同じ数を何回も加える加法,すなわち累加の簡潔な表現とも捉えることができ」,「(一つ分の大きさ)×(幾つ分)=(幾つ分かに当たる大きさ)と捉えることができる。」としている。(これを「同数累加」の考え方と言う。)

例題の場合は,一人に2本ずつ,3人に配ります。日常生活に即して考えれば,二本ずつ手に取って「はい,どうぞ」と配っていくだろう。それを3人分(3回)繰り返すので,足し算で式を立てると「2+2+2」となる。

でもこれでは(つまり,足し算でやっていこうとすれば),配る人数が増えていくと「2+2+2+……」となって大変である。

それを一気に処理できるのが掛け算なのだ,という導入をするわけである。2を3回足すのであって,3を2回足すのではないから例題の式は「2×3」と書くべきで,「3×2」は誤りだ…とするのが,小学校の算数指導では「通説」である。

しかし,この「解説」そのものがナンセンスである,と主張する(主に塾で数学を教える)先生方がおられるようだ。「でたらめ」だとおっしゃる先生もいらっしゃる。

これも実は一理ある考え方で,「水道方式」で有名な遠山啓先生などは,掛け算の意味を「いわゆる『1あたり』の量に容れ物の広さを掛けて中味の量を出す考え方」であるとし,「(一あたり量)×(いくつ分)=(全部の量)」だとする考え方を提唱している。「掛け算の意味」と「計算の手段」を切り離すことを主張したのが遠山氏の考えである。

実際「同数累加」の考え方は,小数を使った掛け算が出てきたときに対応できなくなる。「掛け順反対派」は,いずれ使えなくなる考え方を「掛け算の基本的な概念」だとして「教え込む」ことの弊害を述べているわけである。

そして「交換法則」を学んでしまえば,掛け順はどちらでもよくなり,中学数学になり,文字式などが入ってくれば,「3a」のように「数字が前・文字が後」になってしまって,小学2年で教える「掛け算の意味」はどうなった! となるわけである。

さらに,面積を学んだ時にも,長方形は縦×横で出す,と教えられるかもしれないが,図形は回転させてしまえば縦は横になり,横は縦になるのであるから,これまた掛け順どうなるの?? という話になる。

小学校低学年で「同数累加」の考え方を強調するのは,小学校低学年の子どもたちが,まだ抽象的に物事を考えることが難しく,具体的なイメージで考える子どもの方が多いからである(発達段階の問題)。

つまり,例題のような文章題を考えるときに,「二本ずつ手に取って『はい,どうぞ』と配っていく」と考える方が,子どもたちの思考としては自然で,それを式に表すと「2×3」になりますよね,というのが,採点する学校の先生の立場なのである。

「式を立てる」という営みは,結局文章題で起こっている状況を抽象化して表現することに他ならない。抽象化してしまえば,交換法則が成立する以上,掛け算の順番にこだわる必要がないわけだが,大人だからそういう思考ができるのであって,小学校2年生にそれを伝えても伝わらないかもしれない。

というわけで私の立場は,漢字指導の時の立場と同じである。

すなわち「指導は標準の書き方によって行い、テスト等における個々の筆写の結果に対する評価は、許容を心得ていて教育的に行う」(久米,2011)にならって,「指導は標準の指導法(同数累加)で行う,ということでもよいが,テスト等における評価は教育的に行う」とするのが良いと考える。

引き算や割り算は,順番が変わってしまうと結果が変わってしまいますが,足し算や掛け算は順番を変えても同じ数字が答えとして出るのである。「文章題を読んで,式を立てて,正しい答えが導けた」のなら,掛け順はひっくり返っていてもよいと考える。(「立式できた」という事実の方が重要であろう。)

口で説明させたら,ひょっとしたら「(一あたり量)×(いくつ分)=(全部の量)」の説明ができる子もいるかもしれない。むしろテストでは,文章にして書かせた方が,「掛け算の概念を理解しているか」を評価するのにふさわしい。しかしそれでは,「式を立てる」という力の評価はできないことになってしまう。

ここに述べたことの適否については,算数や算数数学教育の専門家にゆだねたいと思う。決してうのみになさらないように。(実は算数・数学は苦手科目である。)

まあ学校では,指導法を統一しておかないと子どもたちも混乱するし,なかなか一人だけ違う考え方を貫くのも難しいかもしれないが。


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