Ah Mer Ah Su『Star』



 黒人のトランスジェンダー女性であるアメラスは(表記はAh Mer Ah Suだか、そう読むらしい)、カリフォルニア州オークランドが拠点のアーティストだ。アメラスが注目されたキッカケは、2017年に発表したセカンドEP「Rebecca」だった。自身の精神病やドラッグ経験を赤裸々に歌ったこのEPには、“Meg Ryan”というアメラスの代表曲が収められている。ある白人女性と話した際に抱いた不快感にインスパイアされたというそれは、ホワイト・フェミニズムを批判する内容だ。白人の特権性をとことん皮肉り、〈Phoebe(『フレンズ』のフィービー・ブッフェ・ハニガン)〉や〈Piper(『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のパイパー・チャップマン)〉といったドラマの登場人物も引用した、ユーモアあふれる歌に仕上がっている。アメラスが白人女性に扮したMVも、ブラック・ユーモアが効いていて素晴らしい。こうした批評性はリーフ“Spa Day”のMVに通じる。マッチョな描写を強調するこのMVは、それをゲイのラッパーであるリーフがやるということ自体が、ヒップホップに根強く残るホモフォビアへの批判になっている。それと同じ構図が“Meg Ryan”のMVにもあるのだ。

 このような知的表現を得意とするアメラスが、ファースト・アルバム『Star』を完成させた。本作でもアメラスは正直な姿を貫き、想いを率直に紡ぐ。さまざまな困難がありながらも、自分を愛そうと立ち上がる姿がひとつの物語として表現される。“Exercise In Self Compassion” “Expectations” “Men”が転換点になっているアルバムの流れは、さながら3部構成のようである。なかでも印象的なのは“Perfect”だ。完璧であることを過剰に求める人たちを批判するこの曲は、世間的には欠点とされることも素晴らしい個性であり、その人の魅力なのだということを教えてくれる。“Be Free”も力強い曲だ。自身の特性を憎むように仕向ける者たちに従わない心情が滲み出ている。

 こうした前向きな姿勢を支えるサウンドは、ハウスやベース・ミュージックの要素が色濃いエレ・ポップで占められている。アメラスはDJ活動も頻繁におこなうことで知られるが、そこで得たクラブやパーティーでのフィーリングが本作にはうかがえる。“Heartbreaker”はアシッディーなベース・ラインとシカゴ・ハウス的な跳ねるリズムが際立つし、“Be Free”はイタロ・ハウスを想起させるトロピカルなサウンドスケープが特徴だ。
 “Perfect”のトラックも面白い。妖艶な雰囲気を醸すシンセのリフレインにストイックな4つ打ちのキックが交わることで生まれる陶酔感は、ジェイミー・プリンシプル“Your Love”やハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェア“Blind”といったハウス・クラシックにも見られるものだ。ハイハットをほぼ使わず、シンセ・ベースとキックでグルーヴを組みたてる構成も秀逸だ。

 本作の最後にはボーナス・トラックとして、MGMT“Kids”のカヴァーが収録されている。彼らが2007年に発表したアルバム『Oracular Spectacular』に収められたそれは、ソウルワックスが手がけたリミックスも話題になるなど、世界中で大ヒットした有名曲だ。曖昧な歌詞ゆえにさまざまな解釈を生みだしているが、『Oracular Spectacular』の中ジャケで、MGMTの中心メンバーであるアンドリューとベンが苦々しい表情を浮かべながらオイルまみれの紙幣を摘んでいることから、過剰な資本主義を暗喩しているのでは?という解釈が有力とされている。

 だか、黒人のトランスジェンダー女性であるアメラスが歌うと、“Kids”は新たな歌として生まれ変わる。たとえば、〈自分をコントロールしなきゃ 貰うべきは必要なものだけ(Control yourself Take only what you need from it)〉という一節は、オリジナルにはない切実な想いを宿している。冒頭で書いたように、アメラスは多くの問題に遭遇した。そのなかで憎しみといった負の感情を投げつけられたことは想像に難くないし、実際にそれを音楽でも表現してきた。
 しかし、これもここまで書いてきたが、本作でのアメラスは憎しみに囚われない前向きな姿勢を表現し、暗い感情が渦巻く世界において輝く存在になろうと努力している。それこそ、本作のタイトルである『Star(星)』のように。そんなアメラスが歌う〈貰うべきは必要なものだけ〉という言葉は、憎しみとも向き合ったうえで、必要なのは愛であると伝えている。

 大事なのは、その輝きが黒人のトランスジェンダー女性にだけ向けられたものではないということだ。黒人のトランスジェンダー女性も含めた、“私たち”に向けられている。憎しみを貰うべきでないのは、すべての人に言えることなのだ。



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