ミュージック・マガジン増刊『K-POP Girls』 に寄稿のお知らせ+ちょっとしたK-POP論



 ミュージック・マガジンの増刊『K-POP Girls』に寄稿しました。ガールズ・グループを中心に、K-POPの現在に迫る内容です。

 筆者はブラックピンクとレッド・ヴェルヴェットのディスコグラフィーを執筆しました。といっても、ただ作品を紹介しただけではありません。今回は全作品について書かせてもらったので、すべて読むとまとまりのあるものに見えるようにしました。そういう意味では、ブラックピンク評、レッド・ヴェルヴェット評とも言えます。

 また、普段はミュージック・マガジン周辺の書籍を読まない方々も見る可能性が高いことも考え、サウンドを中心に語るよう心がけました。ジャンルやアーティストをたくさん援用し、この音色はこのジャンルが元ネタだよという感じで書いております。アメリカで流行っている理由やプロモーションなど、現象として語られることは多いですが、音に注目した言説はそんなに多くないからです。K-POPはたくさん聴いているけど、そのサウンドを構成する要素はなんなのか?がわからない人に読んでいただけたらなと。

 今回の執筆に伴い、多くのK-POP作品を聴き直したんですが、あらためて実感したことがあります。K-POPがグローバルな規模で人気を集めているのは、2000年代以降の流れに位置づけられる作品が多いからということです。
 2000年代は、ネットなどのテクノロジーを介して、さまざまな時代の文化や音楽にアクセスする行為が一般化したディケイドです。この感性を真っ先に鳴らした動きのひとつといえば、2000年代前半のNYポスト・パンクでしょう。たとえば、このシーンの代表的なバンドであるライアーズは、2003年に次のような発言を残しています。1970年代後半から1980年代前半のオリジナル・ポスト・パンクと比較されることに関するコメントです。

〈彼ら(過去のポスト・パンク勢)になくて僕らにあるもの? もちろんテクノロジーだよ。僕らは自分たちの好きなものすべてを採り込もうとしている。適切だろうがそうじゃなかろうが、ね。そして、独創的なものを作りたいと思う。人が飛びついてすぐに忘れるような音楽には惹かれないよ。センセーショナルになる必要はないんだ〉

 LCDサウンドシステムを率いるジェームズ・マーフィーも、2000年代前半のNYポスト・パンクを語るうえで欠かせません。彼もまた、好きなものはすべて採りこもうとする感性を持っているからです。それをもっとも表しているのは、代表曲“Losing My Edge”のMV。



 音楽史に残るハイライトを歌うジェームズがひたすらビンタされるというそれは、リアルタイムで観た人の特権性が崩れる音を見事に映像化しています。いまでこそ、何十年も前の名演をYouTubeで観れるのはあたりまえですが、2000年代はそれが新鮮だったのです。

 好きなものをすべて採りこめる環境は、文脈よりもテクスチャー(感触)を通して、さまざまな要素を接続したような音楽を大量に生みだしました。
 2005年にLCDサウンドシステムがリリースしたアルバム『LCD Soundsystem』を例に出しましょう。このアルバムのジャケットは、白黒のミラーボールをフィーチャーしたものです。白黒のデザインは、ハードコア・パンク・バンドのジャケットやフライヤーを想起させます。DC Scorpion Girlというサイトの運営者が集めたフライヤーを見てもわかりますが、ハードコア・パンク・シーンでは白黒のデザインが一般的でした。

 一方でミラーボールは、ディスコの象徴です。もともとはアンダーグラウンドな音楽ですが、ドナ・サマーといったポピュラーなアーティストも生みだすなど、商業的にも人気を集めました。この商業的側面は、アングラ精神を貫いたハードコア・パンクとは相反するものです。にもかかわらずジェームズは、それらを見事に接続したディスコ・パンクという音楽のオリジネーターとして、いまも影響力を発揮しています。それを可能にしたものこそ、文脈よりもテクスチャーを重視する姿勢でしょう。これは言ってみれば、文脈的には異なっても、音の感触が噛みあうなら一緒に鳴らしてしまおうというものです。

 そんな2000年代の感性を受け継いだアーティストが、いまはたくさんいます。なかでも象徴的なのはグライムスです。2000年代のほとんどをティーンエイジャーとして過ごした彼女は、かつてこのような発言をしています。

〈私が10歳の時にはナップスターが流行っていたの。私たちの世代はそういった音楽サービスが子どもの頃からあった最初の世代だと思うのね。それによって、人々の音楽の聴き方は完全に変わったわ。過去2年間に、あらゆる音楽を聴いて育った私たちの世代が自分たちで音楽を作る年齢になって、全ての境界線がなくなったように思う。そういった環境に加えて、私は音楽教育を受けてこなかったから、「音楽はこう作るべきだ」という固定観念がないわけ。ミュージシャンの友人の大半は音楽への理解があるけれど、私はそれがないまま音楽制作を始めた。多くの失敗やおかしな手法が、最終的にはプラスになったんだと思う。たとえば、「ヒップホップのビートを作ろう」って始めたのに、エンヤ的な要素が満載だったりね(笑)。とにかく、避けられないような余分な要素がたくさんあるのよ〉

 こう語るグライムスが2012年の時点でK-POPを称賛し、yyxy(ルーナのサブユニット)とコラボするまでになった流れは、2000年代以降の感性と現在のK-POPを繋ぐものだと思います。

 すべての境界線がなくなり、音楽はこう作るべきという固定観念もないサウンドは、現在のK-POPそのものです。その色を決定づけた曲といえば、少女時代の“I Got A Boy”でしょう。

 この曲にはあらゆるジャンルを見いだせます。ダブステップ、ニュー・エレクトロ、ヒップホップ、ハード・ロック、バブルガム・ポップなど、筆者の少ない知識でもこれだけの要素を挙げられる。ヴァース‐コーラス形式といったポップスの定番からも逸脱し、めまぐるしい早さで展開が変化するのも衝撃だった。初めて聴いたときは「これをポップ・ソングと呼べるのか?」と疑問に思ったものの、すぐさま襲ってきた興奮によって、それは一笑に付されました。文字通り夢中になったのです。日本でいえば、星野源の“アイデア”みたいなものでしょうか。あるいは、膨大な数の音楽的要素を詰めこんだという意味で、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの『Age Of』も引きあいに出せるでしょう。とはいえ、このふたつが2018年発表の作品に対し、“I Got A Boy”は2013年に発表された曲です。こうした点だけを見ても、K-POPはサウンド面でも先鋭的であることがわかります。

 しかし2017年、“I Got A Boy”を更新する曲が現れました。ブラックピンクの“As If It's Your Last”です。

 ダンスホールから始まり、突如マカロニ・ウエスタン風の曲調になったあと、ストック・エイトキン・ウォーターマンも顔負けのユーロビートに突入するというそれは、文脈もなにもありません。なのにキャッチーなポップ・ソングとして機能し、映画『ジャスティス・リーグ』でも使用されるほどの大ヒットになった。特に驚かされたのは、“I Got A Boy”以上に洗練を極めていたことです。展開の早さは2曲とも同じですが、“I Got A Boy”には間があります。次の展開に行くときは音が一瞬止まるなど、繋ぎ目がある。
 “As If It's Your Last”は、繋ぎ目があるようには聞こえません。厳密に言えば、トラックだけを聴くと、サビに入る前は音が止むなど間があります。この曲がおもしろいのは、歌メロでAメロやサビといったわかりやすい起伏を作ることで、それをないように感じさせるところです。ヴォーカルでベタなポップスをやらせつつ、その裏に“I Got A Boy”の先鋭性を引き継いだトラックを仕込んでいる。この絶妙なバランスは奇跡的と言えます。

 こうして書いているいまも、K-POPは進化を止めていません。今年2月にリリースされたレッド・ヴェルヴェットの“Sayonara”は、手数の多いエレクトロ・ファンクなビートに、ジャジーなピアノを乗せるという興味深い曲です。異なるジャンルを繋げるのではなく、各パートに違うジャンルを散りばめるというフェーズに入りつつある。

 その点で言えば、(G)I-DLEの“Senorita”も素晴らしい。上モノにはフラメンコのサウンドを添えつつ、それを支えるベースはねちっこいファンクというおもしろい曲です。ちなみにこの曲、作詞・作曲・編曲でメンバーのソヨンが参加しています。CLCの“No”でも多大な貢献を果たしたりと、優れた才能の持ち主です。

 現在のK-POPでは、EDM以降の定番だったビルドアップ→ドロップや、主流の中の主流であるトラップとは違ったアプローチが増えています。そのおかげで、日本はもちろんですが、アメリカやイギリスといった世界のポップ・シーンを牽引する国の作品と比べても独特な音に出逢うことも少なくない。そうした流れに浸かっていると、これまでは欧米から生まれた音楽を発展させてきたK-POPから、世界中のプロデューサーが真似をするスタイルが近いうちに出てきてもおかしくないと感じます。




おまけ : ここまで読んでくれた方へ

 筆者のちょっとしたK-POP論にお付きあいいただき、ありがとうございました。お礼として、“K-POP Girls”をテーマにSpotifyのプレイリストを作りました。興味のある方はぜひ。


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