生活に潜む病巣を突いた気取らないロック〜Panic Shack「Baby Shack」


Panic Shack「Baby Shack」のジャケット


 パニック・シャックは、2018年にウェールズのカーディフで結成されたバンド。当初はドラマーも在籍していたが、現在のメンバーはサラ・ハーヴェイ(ヴォーカル)、メグ・フレットウェル(ギター)、ロミ・ローレンス(ギター)、エミリー・スミス(ベース)の4人。
 活動を開始して以降、BBC Radio 6 Musicにプッシュされるなど少しずつ知名度を高めてきた彼女たちは、飛びぬけた演奏力を持たないバンドだ。この事実はロミもインタヴューで認めている。なんでも、他のバンドでベーシストを務めた経験があるエミリーに対し、ロミとメグはギター演奏に慣れていないという。自分たちの現状を隠そうとせず、ここまではっきり明言する性格は実に潔い。

 筆者が彼女たちに惹かれたきっかけは、この潔さだった。音楽と関係ない働き口を持ちながらバンド活動していると語る飾らない姿や、労働者階級の女性たちに刺激をあたえたいという想いは、富と教養に恵まれた者たちが寄り集まるエリート主義になりがちな音楽シーン(も含めたポップ・カルチャー)において、非常に稀有なものだ。

 そんな彼女たちがデビューEP「Baby Shack」をリリースした。これまで発表してきたシングルを集めた内容はコンピレーションと言ったほうが適切かもしれないが、新たに録りなおした曲も収められており、現在の彼女たちがわかる内容だ。
 本作のサウンドを表すならロックになるだろう。しかしロックといっても、込められた要素はとても多い。『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』(2006)期のアークティック・モンキーズを想起させる鋭いギター・カッティングが映える“Who's Got My Lighter?”、クランプスあたりのサイコビリーに通じる激しくも爽快なグルーヴを打ちだした“Jiu Jits You”など、曲ごとにさまざまな時代のバンドやアーティストの残影が耳に飛びこんでくる。確かに演奏力はまだ拙いが、一聴すれば頭にこびりついて離れないキャッチーなメロディーで彩られた曲群は、おもしろいアイディアでいっぱいだ。そのアイディアをほぼセンスだけで表現できるのは立派な才能と言える。

 彼女たちの曲は歌詞も秀逸だ。女性は無知だと思いこみ何かと説明したがる男の行為を指すマンスプレイニングについて歌った“I Don't Really Like It”や、社会が女性に求める古臭い性役割(ジェンダー)を痛烈に蹴散らす“Baby”といった、女性の視点から見た日常を直截的な言葉で歌っている。とりわけ後者は、エネルギッシュなパンク・ナンバーに仕上がっていることもあってか、ビキニ・キルなどのライオット・ガールも脳裏に浮かぶフェミニズム的思考が鮮明だ。
 そのような視点を素朴な言葉で描ききるところが筆者は好きだ。庶民の生活に根ざした視座はとても親しみやすく、それでいて日常に潜む病巣や不平等を巧みに突いている。こういった言語感覚は、現在盛りあがりが目立つUKドリルアイリッシュ・ドリルを聴いていても感じるものだ。そういう意味で本作は、先達が残した素晴らしいさまざまな音楽的要素をバックに、現代的感性が濃い言葉を放つ作品とも評せる。

 「Baby Shack」には、《音楽》よりも《語れる音楽》を好む者が鼻息を荒くして飛びつきそうな自慰的レトリックもなければ、あらゆることを理解していると思いたい間抜け衒学的姿勢もない。彼女たちは、目の前の現実を生きるなかで、心の底から湧いてきた言葉を素直に歌う。こういうバンドがしっかりフックアップされる余地を持ったイギリスの音楽シーンは、やはり奥深い。



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