J Hus『Big Conspiracy』


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 イースト・ロンドン出身のラッパーJ・ハスは、イギリスの音楽シーンを牽引する男だ。アフロビート、ダンスホール、ヒップホップ、R&Bなどの要素を交雑させた音楽性はアフロスウィングと形容されることが多い。いまでこそ、このジャンルは定番のひとつになったが、それをいち早く鳴らしていた彼は紛れもなく先駆者の1人だ。

 自身のハードな人生を反映した歌詞も彼の持ち味だ。さまざまな固有名詞や比喩を駆使して、流麗に言葉を紡いでいく。周囲にあふれる暴力を取りあげることも多いため、イギリスの社会問題であるナイフクライムと関連づけるメディアも少なくない。
 これはおそらく、ギャング抗争で逮捕されるなど、過去の経歴に対する偏見も影響しているだろう。とはいえ、彼は見てきた景色を描いたに過ぎない。彼の音楽が暴力と歪な社会構造を生んだのではなく、暴力と歪な社会構造が彼の音楽を生んだのだ。そういう意味でも、J・ハスはイギリスの現在と深く結びついた存在と言える。

 『Big Conspiracy』は彼のセカンド・アルバムだ。端的に言えば、とてもとても素晴らしい作品である。ニッキー・ミナージュからミック・ジャガーまで飛びだす歌詞は洗練を極め、私たちの心を光速以上の速さで撃ち抜く。
 たとえば“Helicopter”では、ロンドンで生きるストリートギャングの視点を克明に描きだしている。スペインにイスラム文化を持ちこんだムーア人と自らを重ねたりと(彼はイスラム教徒として育った)、言葉選びの冴えも凄まじい。自身のルーツとイギリスの現在を結びつける内容は、カノの名曲“SYM”を彷彿させる。

 “Helicopter”を筆頭に、『Big Conspiracy』は彼のパーソナルな側面を滲ませた歌詞が目立つ。とはいえ、特定の人たちだけが共鳴できる内容にはなっていない。むしろ彼を詳しく知らない人たちにも届くだろう。パーソナルな側面を描きつつ、そこから生じるエモーションも強調しているのだから。
 怒りや哀しみ、諦念、恐れ、喜び。それらは彼のような人生でなくても、この世に生きるほとんどの人が味わうものだ。そうしたものを『Big Conspiracy』は丁寧に切り取っていく。だからこそ、このアルバムは日本で苦しい状況にいる人々も奮い立たせる可能性であふれ、時には優しく寄り添う暖かいシェルターみたいな作品になった。

 この暖かみはサウンドにも表れている。彼のメロディアスなフロウとシンクロするように、心地よいメロディーと雰囲気を作りだす。表題曲はギターとピアノが甘美さを醸し、耳にスッと染みこんでいく。他にも、レゲエのグルーヴとR&Bのスウィートさが交わる“Helicopter”、ジャマイカ生まれのコフィーと組んだダンスホール・ソング“Repeat”など、キャッチーな曲がずらりと並ぶ。前作『Common Sense』(2017)以上に聴く人を選ばない、精巧なサウンドが鳴り響く。
 一方で、レゲエといったイギリスとゆかりの深い要素が多い点は、歌詞のパーソナルな側面をより浮かび上がらせる効果を生んでいる。グライム的なベース・ラインが耳に残る“No Denying”など、『Big Conspiracy』は随所でイギリスらしさが目立つ。そのおかげで、歌詞におけるパーソナルな側面と幅広さの両立を、サウンドでも築くことに成功している。

 イギリス色を鮮明にしつつ、イギリス以外の国々に住む人たちも魅了できる『Big Conspiracy』は、J・ハスをイギリスのスターから世界のスターに羽ばたかせる。



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