Modeselektor『Who Else』



 モードセレクターは、ゲアノット・ブロンザートとセバスチャン・シャーリーによる2人組だ。若い頃の彼らは、ドイツが東西統一を果たす前のベルリンで、ラジオから流れてくるヒップホップをエアチェックしていた。その影響で2人ともヒップホップDJとして活動したこともある。
 だが、その日々は突如終わった。1991年にTresorでおこなわれた、アンダーグラウンド・レジスタンスのライヴを観たからだ。それ以降の彼らはテクノに傾倒し、ダンス・ミュージック・シーンの深い沼にハマっていった。

 このような道のりを経てからの活躍は、多くの人が知るところだろう。BPitch Controlから良質な作品をコンスタントに発表し、2007年のセカンド・アルバム『Happy Birthday !』をキッカケに、ダンス・ミュージック・シーン以外からも注目されるようになった。
 『Happy Birthday !』で注目が集まったのは、トム・ヨーク(レディオヘッド)が参加したことも少なからず影響している。トムの後方支援はかなり熱烈だった。たとえば2008年には、レディオヘッドのジャパン・ツアーのオープニング・アクトをモードセレクターに任せている。そして2011年に彼らがリリースしたサード・アルバム『Monkeytown』にも駆けつけ、“Shipwreck”と“This”でヴォーカルを披露。これらのトピックは、意図せずとも知名度を高めることに繋がったのは否定できない。

 そんな彼らの4枚目となるアルバム『Who Else』が届いた。さっそく耳を傾けると、無骨なサウンドが飛びこんできた。前作はダブステップやIDMなどさまざまな要素で彩られていたが、本作は統一感が際立つ内容だ。強いて言えば、L.I.E.S.やMister Saturday Nightの登場以降に定着した、ロウな質感のサウンドに寄せている。それがもっとも顕著なのは“Prügelknabe”だろう。TR-909のような音が連打されるそれは、ロウ・ハウスと呼ばれるトラックで耳にすることができる粗々しい音粒を楽しめる。しかし展開は、プラスティックマンによるテクノ・クラシック“Spastik”が一瞬頭に過ぎるものだ。
 そうしたこともあり、本作からは90年代テクノへの愛情も感じる。エストニアのラッパー、トミー・キャッシュを迎えた“Who”はサージョンやレジスに通じるインダストリアル・テクノ・トラックであり、ラストを飾る“Wake Me Up When It's Over”はエイフェックス・ツインの“Girl/Boy”を想起させるのだ。“WMF Love Song”という曲名も目を引く。WMFはかつてベルリンにあったクラブで、ダンス・ミュージック・ファンにはおなじみの場所である。

 気になるのは、過去の音楽を援用しながらもノスタルジーはないことだ。サウス・ロンドンから出てきたラッパーのフロヒオが参加した“Wealth”でグライムを鳴らすなど、随所でモダンな要素があるからだろうか?しかし、それだけが理由ではないように思う。言ってしまえば本作は、彼らにしては珍しく現代に向けたメッセージを発しているのだ。“Who”の歌詞はよくよく聴くと、いびつな現代社会を批判した言葉が並んでいるのに気づく。オープニングの“One United Power”というタイトルも力強い反骨心がうかがえる。『Happy Birthday !』のジャケでおふざけをしていた時代も知っている身からすると、驚きの変化だ。

 聴き終わったあとに調べると、彼らがDAZEDのインタヴューに応えている記事を見つけた。この記事によれば、本作を作るうえで極右の台頭といった世界情勢だけでなく、ダンス・ミュージック・シーンで実際に起きたセクシズムやホモフォビアが深く影響しているそうだ。
 このことをふまえると、本作がダンス・ミュージックのフォーマットから距離を置いているのも納得がいく。ラスト以外は5分以下の曲ばかりで、体裁もポップ・ソングというべきものなのだ。それはさながら、かつて彼らが興奮したダンス・ミュージック・シーンに対する幻滅を表しているようで、なんとも興味深い。

 本作は、幻滅してもなおクラブ・カルチャーの可能性を信じようとする、彼らのアンビヴァレントな心情が滲む作品だ。現在のダンス・ミュージック・シーンを眺めると、コンスタンティンの女性差別に象徴される醜悪さが目立つ一方で、フェミニズムやセクシュアル・マイノリティーの支援を打ちだすDiscwomanといった集団も活躍している。イギリスでは、若いプロモーターたちがホームレス支援団体に協力する動きもある。これらの若者たちに、彼らは希望と可能性を見たのかもしれない。だからこそ、「One United Power」なのだろう。



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