Goro『Unbound Forever』



 クラブ・カルチャーにおけるバルカン音楽と聞いて、ドイツ出身のシャンテルを思い浮かべる者は少なくないはずだ。シャンテルは、幼い頃から慣れ親しんでいたバルカン音楽をダンス・ミュージックの文脈で解釈し、ダンスフロアを賑わせた。いわゆるバルカン・ビーツと呼ばれるサウンドの第一人者である。シャンテルをきっかけに、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスやコチャニ・オーケスターといったバルカン音楽を知った者もいるだろう。
 いまもバルカン音楽は発展を続け、興味深いアーティストやバンドも多い。なかでもオーストリアのデラダップはお気に入りだ。バルカン音楽のエッセンスを下地にしつつ、EDM、ブレイクビーツ、ヒップホップ、ジャズ、ファンクなどの要素もある多国籍サウンドで、耳を楽しませてくれる。音楽活動を始めて15年以上になるが、作品ごとに進化を遂げる驚異的なバンドだ。

 ブルガリア生まれのアーティスト、ゴーロもバルカン音楽を独自に解釈する1人に数えられる。彼のことを知ったきっかけは、2017年リリースのEP「Remember Who You Are」だ。バルカン音楽はもちろんのこと、インド音楽やレゲトンなどの要素も濃い肉感的グルーヴに惹かれた。必要最低限の音しかないミニマルな音像からは、卓越した音選びのセンスもうかがえた。

 そんなゴーロにとって、『Unbound Forever』はファースト・アルバムとなる。本作はこれまで以上に折衷的だ。たとえば、オープニングを飾る“Intro / Becoming”。ブリアルが一瞬頭によぎるダークなサウンドスケープを描く一方で、ジェイムス・ブレイクなどが得意とするロボティックなヴォーカル加工も飛びだす。強いて言えばインダストリアルなアンビエントだが、耽美的な雰囲気からはフランク・オーシャンあたりのアーティストも連想できる。
 “Big Boi Tearz”もおもしろい。ハイハットがほとんど鳴らず、強烈なキックと3拍目に入るスネアが際立つビートは、UKガラージやグライムの影をちらつかせる。クラブのサウンドシステムで聴いたら、自然と体を揺らしてしまうこと間違いなしだ。

 もちろん、バルカン音楽の要素も随所で顔を覗かせる。特に耳を引いたのは“Shining Eyes”だ。キックの音色はもろにガバを引用しながら、リズム・パターンはダンスホールという代物。さまざまな国や地域の音楽を解体し、再構築したようなフロア・バンガーである。
 ガバ要素は“European Union”でも顕著に表れている。トランスでよく聴くメタリックなシンセ・サウンドをバックに、ヘヴィーなビートが執拗に反復される。踊らせるというダンス・ミュージックの機能性を極限にまで高めたトラックだ。

 『Unbound Forever』は、ダンスフロア向けの側面が強い。ブロダクションもビートを強調したものが目立つ。しかし、“Raw Feelin”など、ポップ・ソングの形に近いものもある。ジャンルのみならず、曲の構成も実に多彩なのだ。これまで以上に自由で、セオリーや偏見にとらわれない多様性あふれる音作り。ポップであることを忌避せず、それでいて挑戦的なサウンドも鳴らす内容は、ソフィーの傑作『Oil Of Every Pearl’s Un-Insides』を彷彿させる。


※ : いまのところMVはないみたいなので、Spotifyのリンクを貼っておきます。


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