怒りとユーモアが込められたネオ・ポスト・パンク 〜 Cabbage『Young, Dumb And Full Of...』〜



 2017年1月17日、イギリスのメイ首相は、EU単一市場からの離脱を表明した。去年6月におこなわれた国民投票で、いわゆるブレグジット(EU離脱)派が勝利したことを受けての決定だ。この表明は、EU域内で人の自由な移動や経済的な取り引きを活発にすることよりも、移民の規制が優先されたことを意味する。
 離脱派は、キャメロン政権に対する国民の不満を移民問題と結びつけていた。確かにキャメロン政権時のイギリスは、社会保障費削減といった緊縮政策、さらに法人/相続税の減税や付加価値税増税などによって、労働者は痛めつけられ所得格差も広がっていった。そうした状況で移民を受け入れれば、負担が増してしまう。それを避けるためにもEUから離脱し、移民が流入しないようにすべきだ。これが離脱派の主張だった。


 だが、そもそも外国籍を有してイギリスに在住する人は人口の約8%しか占めておらず(※1)、しかもイギリスはヨーロッパ域内における移動の自由を保障するシェンゲン協定に未加入のため、たとえEUに加盟していても他のEU諸国から人が自由にやってくることはない。難民にしても、何十万単位で受け入れているドイツやスウェーデンと比べてかなり少ない(※2)。これらのデータを見るだけでも、移民や難民が労働者の大きな負担になっているという離脱派の主張は、根拠に乏しいことがわかる。労働党党首のジェレミー・コービンが言うように、怒るべきは政府の無慈悲な緊縮政策であり、移民ではないのだ(※3)。
 しかし、コービンをはじめとした残留派の声は届かなかった。ブレグジット後のイギリスでは差別的言動が増え、10代の若者たちがアフリカに帰れと罵り(※4)、国連は離脱派に投票した高齢者に対する差別を抑えるよう勧告した(※5)。くわえて離脱派は、主張してきたことの多くは誤りだとブレグジット後に認めている(※6)。こうした混乱がもたらした不安定さは、現在も残っている。


 そうしたイギリスにおいて、キャベッジのようなバンドが注目を集めるのは必然かもしれない。このマンチェスター出身の5人組は、無鉄砲な怒りと世界に対する不満をぶちまける。労働者のことを考えないイギリス政府はもちろんのこと、北朝鮮、ドナルド・トランプ、ナチス、過剰な資本主義など、攻撃の対象は多岐にわたる。結成は2015年とのことだが、それから多くのライヴをこなし、すでに4枚のEPをリリースしている。その甲斐あってか、彼らはBBC MusicのSound Of 2017にも選ばれた(※7)。ガーディアンにはライヴを酷評されているが(※8)、さまざまなブログやインディペンデンドなWebメディアは彼らをいち早く取りあげ、大きな期待を寄せている。


 その勢いに乗って、彼らは『Young, Dumb And Full Of....』を発表した。本作は、これまでのEP群に収められた曲からセレクトしたものをまとめた、ベスト・アルバム的な作品。アダムとイブ的な世界観がモチーフの「Kevin」など未収録の曲もあるが、キャベッジの音楽を知るための入門盤としては十分だろう。「Terrorist Synthesizer」「Uber Capitalist Death Trade」「Free Steven Avery (Wrong America)」といった、彼らを有名にしたキラー・ソングは聴けるのだから。
 特筆しておきたいのは、政治性だけが彼らの売りではないということだ。自らの音楽を〝neo post-punk〟と自称している彼らだが(※9)、その音楽性は多彩だ。「Uber Capitalist Death Trade」のようなパンクもあれば、「Free Steven Avery (Wrong America)」は、ザ・クランプス直系のサイコビリーである。本作の場合、EPの曲を集めたから多様に聞こえるというのもあるが、それでも活動歴が長くないバンドにしては、バラエティー豊かな曲群である。このような引きだしの多さと政治性は、リッチーがいた頃のマニック・ストリート・プリーチャーズを想起させる。
 また、彼らは言葉も面白い。怒りが剥きだしの曲でさえ、ウィットに満ちたユーモアを必ず込めている。健全なシニシズムとでも言おうか、人をおちょくるのがとても上手い。お世辞にも洗練されているとは言えないが、地べたから発せられた言葉は生々しい雰囲気を漂わせ、何かと厳しい生活を送る人たちの哀愁が絶妙に反映されている。強いていえば、ショーン・ライダー(ハッピー・マンデイズ)のリリック・センスを連想させる。ただ、彼らの言葉にエクスタシーの酩酊感は見られず、ドラッグよりもお酒の匂いがぷんぷんする。この点は大きな違いだ。


 いまのイギリスで目立つ反移民や排外主義の流れは、世界中に広がっている。ヨーロッパに限定しても、フランスのマリーヌ・ルペン、オランダのウィルダース、スウェーデンのオーケソン、ギリシャのミハロリアコス、ハンガリーのガーボル、ドイツのペトリーといった政治家が、差別的な言動が多いにも関わらず少なくない支持を集めている。この流れは、トランプがアメリカ大統領に就任したことで、さらに拍車がかかるだろう。こうした現状に対し、彼らは何を感じ、どんな音楽で応えるのか。
 彼らは現在、ファースト・アルバムを制作中らしい。いま挙げた政治家たちを串刺しにする、それこそマニック・ストリート・プリーチャーズの「Archives Of Pain」みたいな曲を書いているかもしれない。いずれにしろ、ブレグジット後のイギリスやトランプ以降の世界に対するポップ・ミュージックを占ううえで、見逃せない作品になるのは間違いない。




※1 : オックスフォード大学のMigration Observatoryの報告『Migrants in the UK: An Overview』(2016年1月28日)を参照。http://www.migrationobservatory.ox.ac.uk/resources/briefings/migrants-in-the-uk-an-overview/

※2 : GOV.UKの『National Statistics Asylum』(2016年5月26日更新時点)を参照。https://www.gov.uk/government/publications/immigration-statistics-january-to-march-2016/asylum

※3 : ガーディアンの記事『Jeremy Corbyn : no upper-limit to immigration』(2016年6月19日)を参照。https://www.theguardian.com/politics/video/2016/jun/19/jeremy-corbyn-no-upper-limit-to-immigration-video

※4 : ハフィントン・ポストの記事『EU離脱のイギリスで「アフリカ帰れ」 酔った若者の罵声に電車内が騒然』(2016年6月29日)を参照。http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/29/racism-after-brexit_n_10728590.html

※5 : ロイターの記事『英国、ブレグジット決定で高齢者差別 国連が警鐘』(2016年7月6日)を参照。http://jp.reuters.com/article/uhchr-idJPKCN0ZM06S

※6 : 朝日新聞の記事『EU離脱、バラ色のはずが…旗振り役が「公約」を反故』(2016年6月28日)を参照。http://www.asahi.com/articles/ASJ6W5D0VJ6WUHBI026.html

※7 : BBC Musicの『SOUND OF 2017』を参照。http://www.bbc.co.uk/programmes/profiles/2xpPCC0j9nsX0yQHkQ0YlHX/the-longlist

※8 : ガーディアンの記事『Cabbage review – Manchester's next great hope? Not just yet ...』(2016年10月21日)を参照。https://www.theguardian.com/music/2016/oct/21/cabbage-review-new-adelphi-hull

※9 : 彼らのバンドキャンプのプロフィールを参照。https://ahcabbage.bandcamp.com/album/le-chou

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近藤 真弥

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