艶かしく《女性らしさ》を塗りかえるロンドンのアーティスト Amaria BB『6.9.4.2』


Amaria BB『6.9.4.2』のジャケット

 ロンドンにあるハックニー出身のアマリアBBは、シンガーソングライターとして活躍するジャマイカ系イギリス人。13歳でタレントショー『Got What It Takes?』に出場して優勝を掻っさらうなど、少女の頃から表現力を高く評価されていたが、本格的に注目を集めだしたのは2021年のシングル“Slow Motion”以降だろう。窮屈でステレオタイプな女性らしさを塗りかえたこの曲をきっかけに、Columbia Recordsとの契約やStrawberries & Creem Festivalへの出演という大きなトピックを残す存在にまで駆けあがったのだから。

 筆者が彼女の才能に感銘を受けたのは、その“Slow Motion”も収録されたEP「What's Done In The Dark」を聴いたときだった。女性が失恋の犠牲者として描かれがちな風潮を皮肉る“Cheaters”など、旧来的な性役割を塗りかえる知性と言葉選びが光る内容に魅了された。そのオルタナティヴな感性を甘美なサウンドで包みこんだ内容は親しみやすさもあり、ポップ・ソングとして幅広い層に届く可能性を持っている。

 そんな「What's Done In The Dark」以来となる作品集がデビューミックステープ『6.9.4.2』だ。本作でも彼女は、カビ臭い性役割を更新する知的な言葉でリスナーを楽しませてくれる。これまで以上に感情の機微を丁寧に描きながら、女性を優しく尊ぶ幽玄な歌声が印象的だ。セックス・ポジティヴの側面が強いところは、彼女も含めた近年のZ世代からうかがえるセックス・ポジティヴ・フェミニズムへの抵抗感とその背景をふまえると、いささか疑念もなくはない。とはいえ、男性の女性蔑視的幻想に従わず、女性たちだけで性を楽しもうとも受けとれる歌詞に、古びた性役割が残る世情への薬的効果を持つオルタナティヴな視点があるのも確かだ。男性の存在を意に介さず、セックス・ポジティヴであろうとする試みは興味深いと言えなくもない。この点は、現況をどう捉えるかで評価が分かれると思う。

 そうした視点をまとったサウンドは、彼女がこれまで鳴らしてきた音を深化させたものだ。レゲエやダンスホールの血脈に、R&Bとアフロスウィングのエッセンスを上手く注入した曲群は聴いていて心地よい。この艶かしさはシャーデーやクレオ・ソルといった者たちを想起させる。従来よりもメロディーを強調し、甘美なサウンドスケープを志向しているのも特徴だ。過去作では言葉を優先するあまり、トラックに歌メロが微妙に合っていないぎこちなさもあったが、本作にはそれがまったくない。

 『6.9.4.2』は、スウィートなサウンドという包装紙で世情へのカウンターを包んだ挑発的アルバムだ。筆者から見ると危ういと感じるところも含め、注目に値する点が多い。


サポートよろしくお願いいたします。