DigDat『Pain Built』



 ディグ・ダットはサウス・イースト・ロンドンにあるデプトフォード出身のラッパー。UKドリル・シーンの中でも特にアンダーグラウンドな存在だった彼は、2018年にリリースしたシングル“AirForce”のヒットで大きな注目を集めた。その後は2020年のファースト・ミックステープ『Ei8htMile』を全英アルバムチャート12位に送りこむなど、商業的成功にも恵まれている。

 『Ei8htMile』のヒットは多大なサポートを抜きには語れないだろう。ヘッディー・ワンやエイチといった有名ラッパーの参加はリスナーの目を引いたし、クリス・リッチを筆頭としたプロデューサー陣もUKドリル・シーンの最前線で活躍する者がほとんどだ。
 もちろん彼自身のスキルも優れていた。13歳のときに投獄されたという波瀾万丈な人生が滲む歌詞は重苦しい言葉も目立つ。だが、軽快でリズミカルな彼のフロウを通してその言葉が放たれると、キャッチーで耳馴染みがいいポップ・ソングに聞こえるのだからおもしろい。いまだ多くの人たちが無視しがちな困窮者や構造的搾取の現実を知らしめるという意味でも、彼の音楽においてフロウは大きな魅力のひとつと言える。

 そんなディグ・ダットが2枚目となるミックステープを発表した。『Pain Built』と名付けられたそれは、前作と比較して非常にシンプルな作品だ。プロデューサー陣こそUKドリル・シーンでもよく知られた者を揃えているが、ラッパーやアーティストの豪華なフィーチャリングはない。最後まで自らのラップスキルだけを頼りに、アルバムの起伏を築きあげていく。

 サウンドも同様にシンプルな味付けが印象的だ。強烈なベースが前面に出たヘヴィーでダークなビートは装飾をまとわず、曲調も統一的である。
 この方向性は、現在のUKドリルの流れとは一線を画するものだ。以前も書いたように、幅広い層に浸透して以降のUKドリルは、音楽性を拡張する流れが強い。KOはジョイ・オービソンと協力してインダストリアル・テクノ色が濃い曲を作り、ヘッディー・ワンはフレッド・アゲイン..とのコラボミックステープ『GANG』(2020)でアンビエントやソウルに触手を伸ばした。
 しかし本作は、どこまでもストイックにUKドリルのビートを貫き通す。ひとつひとつの音色は無骨で、不穏な空気を纏ったシンセ・サウンドが随所で鳴り響く。こうした作風は初期の67や150などUKドリルのパイオニアたちを想起させる。

 歌詞もUKドリル作品でよく見られる世界観が鮮明だ。暴力や死と隣りあわせの人生を背景とした歌詞の数々は、残虐なイメージも持たれがちなUKドリルという音楽のパブリック・イメージに近いかもしれない。
 そのような歌詞は、UKドリルが暴力行為を扇動していると考える者たちからすれば恰好の的だろう。とはいえ、本作は暴力や死があたりまえの世界で生きてきた現実を描いているに過ぎない。もっと言えば、その世界は構造的に作られたもの、それこそ《Pain Built(造られた痛み)》だとディグ・ダットはラップしている。一節だけを切りとれば、本作の歌詞は確かに暴力的と言える。しかし、切りとらずにまとまりとして聴くと、暴力や死について描いた結果、それらをもたらす歪な社会構造を浮き彫りにした作品なのがわかるはずだ。

 いまやUKドリルは、音楽チャートで見かけるのがあたりまえの主流に成りあがった。この流れは多くの才能が日の目を見ることに繋がるなど、ポジティヴな面もある。だが一方で、UKドリルは社会が黙殺した困窮者たちの叫びを届けるために生まれたツールでもあるという側面は、忘れられがちだと思う。だからこそ、UKドリルに向けられがちな偏見や抑圧と戦う者も少なくない。

 『Pain Built』は、UKドリルがどこから生まれたのかを私たちに思いださせる痛烈さで溢れている。




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