実存は本質に先立つ 『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』@さいたまスーパーアリーナ 4/16


4月16日『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』@
さいたまスーパーアリーナにて。筆者撮影。


 4月16日、韓国の4人組グループaespaがさいたまスーパーアリーナでおこなった『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』を観てきました。結論から言うと、とても素晴らしかったです。テクノロジーを駆使した演出からタイポグラフィーまでさまざまな仕掛けが飛びだすライヴは、視覚的楽しさでいっぱいだった。重低音を前面に出した曲群はレイヴィーと言えるものばかりで、一緒に観た恋人と思わず体を揺らしてしまう瞬間も多かった。中高生も少なくなかった観客に混じり、クラブノリで踊る大人2人がいる光景は、傍目から見て奇妙だったかもしれませんね。

 去年8月に開催された『aespa JAPAN PREMIUM SHOWCASE 2022 〜SYNK〜』も全日観たんですが、そのときと比べると4人の表現力が飛躍的に上がっていました。デビューから3年経っていないのに、歌い踊る姿は貫禄を漂わせ、トロッコに乗りながら披露するファンサービスには余裕も感じられた。4人の成長の早さには驚くばかりです。

 パフォーマンスも素晴らしい瞬間がたくさんあった。息がピッタリのダンスはハイレヴェルで、ライヴという表現方法を最大限に活かしたステージの構成は娯楽性が高く、最上級のエンタメとして楽しめるものでした。
 そうした瞬間の中で特に印象的だったのは、ニンニンのソロです。鋭い眼光で踊る姿はエネルギッシュかつパワフル。迫力も十分で、他のメンバーのソロでは見られないヒリヒリとした空気を放っていました。パフォーマンスが終わると、隣の女子高生がため息混じりで「カッコいい...」と呟いていたけど、その通り。

 サウンドもグッドでした。とりわけ“Savage”で合唱する光景は、観ていて笑わずにはいられなかった。ベースが強いaespaの曲群の中でも特に低音を強調したプロダクションはいま聴いてもモダンで、非4つ打ちのビートから生まれるグルーヴはデコンストラクテッド・クラブ・ミュージックそのもの。こうした先鋭性を備えた曲がポップ・ソングとして世界中でヒットし、ライヴのハイライト・ソングになるのは本当におもしろい。

 4月16日のライヴを観て、aespaは隙を見せることも厭わないグループなんだなとあらためて思いました。仮想世界のFLAT(フラット)やアバターのæ(アイ)など、aespaのコンセプトには独特な要素が多い。そうした壮大な世界観を築きつつ、ライヴ中にたびたび挟まれる映像ではビハインド・ザ・シーンもあり、素の部分を見せていく。
 こういった姿勢は、コンセプトやイメージに対する一般的な考え方が変化したことも少なからず影響しているのではないでしょうか。以前、ビヨンセとオカシオ=コルテスを取りあげたブログ記事でも書いたように、あえて裏側を見せることで、応援してくれる人たちとの繋がりを強くする手法は珍しくなくなった。
 この手法において《完璧》は必要不可欠ではなく、作り物だからとの理由で批判されることもない。むしろ、コンセプトやイメージも含めて応援してくれる人たちと作る共犯関係を築くことで、送り手と受け手の繋がりが深まっていく。そういった在り方をaespaも目指していると思います。

 けっこう真面目に実存主義をやっているのも、ライヴの興味深いところでした。19世紀のヨーロッパで生まれた思想である実存主義は、資本主義やテクノロジーの発展により人々が画一化し主体性を失ったという前提に立ち、その主体性を取り戻そうとしました。サルトルやニーチェなどが唱えたこの思想は、本質とされるすべての価値や意味は後付けで考えられたとする観念が特徴で、そこからボーヴォワールは「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という名言を導きだしました。
 このことをふまえて、下記に引用する言葉を考えてみましょう。開演前にスクリーンで流れていたもので、aespaの公式YouTubeチャンネルでも観られるSM Culture Universeというムーヴィーで登場するセリフです。

 「実存は本質に先立つ 我々はæという存在と向き合っています 私のデータから誕生し 進化して大きくなっていく存在 また私の判断なく考える存在 人々の記憶と記録の中で私と一緒に成長する友だち それをæと呼んでいます」

SM Culture Universe “ep.3 Girls (Don’t you know I’m a Savage?)”より


 劇中ではメンバーのジゼルが語り、サルトルの名言「実存は本質に先立つ」を引用したこの一文には、人々を抑えつける管理社会に抗い、主体性を求めつづけた実存主義のエッセンスが凝縮されています。æはただの写鏡ではなく、周囲との関わりから影響を受けつつも、自らの意志を持って変化し成長し、誕生後に得るさまざまな知識や出来事によって意味を帯びていく。これはまさしく、実存主義の視点です。

 æはaespaの隠喩と言えるでしょう。ウィンター、カリナ、ニンニン、ジゼルの4人はアイドルとして世に出ましたが、出たあとの彼女たちを構成するイメージは後付けで作られたものです。この事実をあえて匂わせることは、結果的に4人の自由と人間性を守ることにも繋がっています。aespaとして作られたイメージは、あくまで作られたものだ。それを受け手も共有しているからこそ、インスタライヴでたびたび見られるほぼすっぴんの顔も、ジゼルのタトゥーも、イメージを損なうマイナス要素ではなく、4人の魅力というプラス要素として受けとめられる。そうした素を見せる自由の余地がある構造は、4人のプレッシャーを軽減してくれると思います。

 また、æはaespaを受けとめる人たちの隠喩的存在とも言えます。「私のデータから誕生し 進化して大きくなっていく存在」は、aespaの表現や立ち居振る舞いに触れ、価値観が変化し成長する受け手のことともとらえられるからです。aespa(データ)からMY(受け手)が生まれ、その後MYは自らの意志で思考を続けていく。
 この考え方において大切なのは、「人々の記憶と記録の中で私と一緒に成長する友だち」という文言です。とりわけ「一緒に」が大事だと思います。aespaの表現や立ち居振る舞いを見て受け手が成長し、その受け手が精一杯応援することでaespaも成長していく。

 そうした双方向の関係性は、商業面やネームバリューの拡大にとどまらない魅力があると思います。たとえば、2022年7月、ファンの冗談に対するニンニンの真面目なアドバイスが良いこと言っていると話題になりました。自分を大切にしない人と一緒にいる必要はないなど、芯のある言葉は多くの支持を得ました。
 この発言のみならず、4人の言葉には一定の成熟が見いだせます。インタヴューやファンからの質問に対する答えを見ると、頭の良さと良い人間性を感じることが多い。そんな4人の価値観や姿勢を見ている女の子たちは、弱い立場に置かれた人たちにも寄りそえる大人になれるかもしれない。そういった期待を抱かずにはいられません。さらには、芯のある言葉を残す4人に受け手が拍手を送ることで、4人も自分の価値観に自信がつき、より良い成長ができる。
 こうした相互サポートがあるaespaとMYの関係性に光を見る人が少なくないから、aespaはさまざまな問題を抱える現代社会の中でグローバルな人気を得ているのではないか。この雑感は、『aespa LIVE TOUR 2023 ’SYNK : HYPER LINE’ in JAPAN』を観て、確信に変わりました。

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