Solange『When I Get Home』



 ソランジュの最新作『When I Get Home』がリリースされた。本作に関するトピックで特に驚いたのは、ブラックプラネットに新たなサイトを開設したことだ。ブラックプラネットとは、2001年にオマー・ワソーがローンチしたSNS。アフリカ系アメリカ人のコミュニティー・サイトとして注目され、出逢いを求める人々の社交場だけでなく、政治/社会問題を議論する場にもなった。

 筆者がブラックプラネットを知ったきっかけは、マイスペースで出逢ったユーザーとの会話だった。「マイスペースはブラックプラネットみたい」という言葉に「何それ?」と返し、そこからいろいろ教えてもらったのだ。マイスペースやフェイスブックの先駆け的に語られることもあったため、いわゆるマイスペ世代の間ではそこそこ有名だ。

 そうした経緯もあり、前作『A Seat At The Table』と同じく、本作も黒人女性のアイデンティティーを表現する内容なのだろうか?と予想していた。実際に聴いてみて、それは的外れじゃなかったと確信している。“Exit Scott (Interlude)”では、レズビアンでフェミニストの詩人パット・パーカーの詩を引用し、さらに“Almeda”では黒人であることを尊ぶ言葉が紡がれるのだ。
 ルーツに遡る旅は、故郷のヒューストンに敬意を示す“Way To The Show”など、黒人女性のアイデンティティーだけにとどまらない。生まれてから歩んできた道のりといった、パーソナルな領域も晒している。それを妖艶な歌声で表現する彼女の姿に、静謐な力強さを感じる。

 サウンドも非常に興味深い。極限まで音数を絞った音像は無骨な印象も抱かせるが、研ぎすまされたビートや間を活かすことで生じるグルーヴには、ファンク的な肉感性を確かに見いだせる。
 それを聴いて真っ先に連想したのは、1998年にア・トライブ・コールド・クエストがリリースしたアルバム、『The Love Movement』だった。この作品もまた、ミニマルなビートでファンクネスを生みだすからだ。随所でジャズの要素がうかがえるのも共通点だろう。ただ、これはもしかすると、ジェイムズ・ボールドウィンがジャズのビートにストリートの狂騒を重ねたように(これは映画『ビール・ストリートの恋人たち』でも重要なピースになっている)、ソランジュもジャズに黒人の歴史を重ねたのかもしれない。その点をふまえると、本作はサウンド面でも黒人であることを意識しているように聞こえる。

 一方で、『The Love Movement』とは明らかに異なる点も多い。本作のほうが多彩さを極めているのだ。たとえば“Sound Of Rain”を聴いていると、デルロイ・エドワーズの『Slowed Down Funk Vol. 2: Hate Is Beneath Me』といった、R&B要素が顕著なロウ・ハウスを連想してしまう。これはおそらく、アナログ・シンセを多用していることも関係あるが、いずれにせよその文脈でも楽しめるサウンドなのは間違いない。反復するチージーなビートに艶やかな歌声が乗る“Down With The Clique”も、ヤング・マーブル・ジャイアンツの『Colossal Youth』に通じる音が耳に残り、ポスト・パンクの匂いを醸す。本作では、アール・スウェットシャツやファレル・ウィリアムスなど、ヒップホップ/R&B畑のゲストを多く迎えているが、バンダ・ベアというNYロック・シーンのアーティストも参加したりと、いくつもの潮流が交雑する。こうしたことも、本作の多彩なサウンドに繋がっているのは確かだろう。

 参加アーティストやサンプリングのネタからもわかるように、本作でのソランジュはさまざまな時代を行き来している。それを象徴するかのように、オープニングの“Things I Imagined”ではレトロ・フューチャーなサウンドが鳴り響く。
 この自由さに触れると、ブラックプラネットでサイトを開設したことは、本作を理解するうえでかなり重要なのではないかと思える。ブラックプラネットがローンチした2001年といえば、ナップスターが流行っていた。グライムスも語るように、その頃10代だった世代はあらゆる音楽を聴いて育った。そしてこの世代が音楽を作るようになると、ジャンルという境界線は曖昧になり、多くの文脈が交差する折衷的音楽はあたりまえとなった。いわゆる2000年代以降の感性というやつだ。

 1986年生まれのソランジュも、グライムスと(ついでに言えば1988年生まれの筆者とも)近い世代だ。そうした人たちからすれば、本作の様式はすでに慣れたものであり、大きな驚きは感じない。
 おもしろいのは、2000年代以降の感性を通して、ブラック・ミュージックの歴史を更新していることだ。さまざまな形で過去をリスペクトしつつ、さまざまな文脈からコミットできるポップ・ミュージックを作りあげた。そこには、クラフトワークのサウンドにアフリカ・バンバータがファンクを見いだしたことや、マイケル・ジャクソンの“Black Or White”にある光を見いだせる。異なるもの同士でも交わることはできるという可能性と希望だ。それをソランジュは、多くの文脈が交差する折衷的音楽という形式を通し、表現している。だからこそ本作は、伝統と革新の理想的な協奏曲を鳴らすことに成功したのだ。


※ : いつもはMVも紹介するんですが、いまのところないのでSpotifyのリンクを貼っておきます。


サポートよろしくお願いいたします。