2018年ベスト・トラック50
評価基準はベスト・アルバム同様、作品の質と何かしらの同時代性が見いだせることを重視しております。そのベスト・アルバムの記事で書いたように、今年もアジアの音楽をよく聴いていたんですが、特に惹かれることが多かったのはフィリピンのアーティストによるものでした。音楽性が多彩で、深い洞察力に支えられた歌詞も見られた。去年からぽつぽつと聴いてはいましたが、大きな流れとして意識するようになったのは今年に入ってからです。Wonderlandにもピックアップされるなど、そのうねりは今後さらに広がっていくと思います。シリアスな背景も含め、目が離せないシーンです。
とはいえ、ダントツのトップはUKポップ・ミュージック史を塗りかえた若きラッパーの曲でしょう。以前から追っていることもあり、これだけは外せませんでした。レヴューを書いた作品は、作品名のところにリンクを貼っております。本稿の最後にはSpotifyのプレイリストもあるので、ぜひ聴いてみてください。
50
上坂すみれ“POP TEAM EPIC”
ヴォーカルをズタズタに切り刻むなど、四方八方から飛び道具が襲いかかってくる。現在のポップ・ミュージックでよく見られるプロダクションが多いという意味で、2018年を象徴する1曲。
49
CHAI “We are Musician”
Heavenly Recordingsと契約するなど、世界規模の活動を着実に進めるバンドの新たな良曲。おそらく関係ないと思うが、チックス・オン・スピードの“We Don't Play Guitars”を想起した。
48
Bakar “BADlands”
モデルとしてファッションショーにも出演する男は、イギリスのハードな世情を皮肉った。笑うに笑えないやるせなさと、それでも生きていくという前向きな姿勢が入りまじる内容。
47
Little Boots “Shadows”
2005年から地道に音楽活動を重ねてきたベテランは、ダンスフロアにウケるトラックをコンスタントに発表してきた。この曲では艶かしいハウスを鳴らし、健在ぶりをアピール。
46
The Streets “Boys Will Be Boys”
マイク・スキナーがザ・ストリーツ名義での活動を再開したのは、とても嬉しいニュースだ。へヴィーなサウンドが際立つこの曲も、持ち前の健全なシニシズムは錆ついていないと教えてくれた。
45
IAMDDB “Loose Change”
マンチェスターのアーティストは、UKドリルの流れをふまえたサウンドが得意だ。この曲でもドリルやトラップ以降のグルーヴに乗せて、気だるいヴォーカルを披露している。
44
Aseul(아슬)“Seoul Girl”
心地よいディスコ・トラック。ほのかにバレアリックな空気を醸すそれは、エレクトロニックなどを連想させるサウンドだ。
43
Batuk“Deep Ocean Deep”
ヨハネスブルクのアーティストによる素晴らしいダンス・トラック。この曲が収録されたアルバム『Kasi Royalty』も、ハウス、ジャズ、クワイトなどが融合した良作だ。
42
Sultan Of The Disco(술탄 오브 더 디스코 )“미끄럼틀 (feat. SUMIN)”
メロウなフィーリングは午前4時のダンスフロアが似合いそう。もちろんベッドルームでも映えるので、大好きなあの人と一緒に聴くのもいいだろう。
41
Jorja Smith “Let Me Down ft. Stormzy”
今年リリースのアルバムには収録されなかった良曲。イギリスのポップ・カルチャー好きにとっては夢の共演だが、ビッグネームの威光に頼らないという選択はジョルジャらしい。
40
DJ Lag“Drumming”
ゴム・シーンで活躍するプロデューサーの曲は今年もよく聴いた。モーゼス・ボイドとコラボしたMVが話題になったのも記憶に新しい。
39
Xin Seha(신세하) "Yu"
囁くような歌声とおおらかなサウンドの組みあわせがグッド。ナルシーに見えるところもなくはないが、それもキャラにできるのは天性か。
38
엠버 (AMBER) X 루나 (LUNA) “Lower”
この2人が一緒に音楽をやっているだけでも嬉しい。もちろん、中域以上の歌声を駆使するアンバーと、パワフルなルナのヴォーカルが絡む内容も秀逸だ。
37
Meuko! Meuko! “都市念佛法會 Metropolitan Sutra Gathering”
やはり、この台湾のアーティストはおもしろい。静謐と凶暴さが交互に襲ってくるようなエレクトロニック・ミュージック。
36
Ariana Grande“Borderline(featuring Missy Elliott)”
細かいバスドラやベースなど、多くの工夫が見られるサウンドにハマった。もちろんアリアナとミッシーの相性も抜群だ。
35
Space Afrika “Curve ft. Echium”
マンチェスターのデュオによる至高のダブ・テクノ。この曲を爆音で浴びたときは、文字どおり飛ばされた。
34
Awate“Brutalism”
難民としてイギリスにやってきた男は、都市に住む人々の冷たさをラップする。言葉の節々で滲む切実さと鋭い視点に心が抉られる。
33
HMLTD “Proxy Love”
チープなヒット音とデカダンな歌いまわしが際立つこの曲は、アダム&ジ・アンツを想起させる。音以外も音楽に含まれるのだと言わんばかりのゴージャスさにあっぱれ。
32
Mina Rose“Blind Man Dreams”
このロンドンのシンガーは、感情の機微を歌うのが抜群に上手い。本国のメディアでも取りあげられる機会が少ないのは非常に残念だ。
31
Let's Eat Grandma“Hot Pink”
最近はさまざまなところでジェンダーに関する議論を見かけるが、その流れにノリッチの2人組も参加した。ステレオタイプへの疑問が率直に歌われた秀逸なポップ・ソング。
30
Sinjin Hawke & Zora Jones“And You Were One”
エスニックな雰囲気を漂わせる電子音。ベース・ミュージックとIDMの接合はトレンドのひとつだが、そこにメロディアスな側面を加えたのがこの曲だ。
29
Teenage Granny “Gloria Matri (Oneiro wa Noira)”
フィリピンのマニラに住むアーティスト。リヴァーブやディレイを活かしたベッドルーム・サイケは初期のグライムスを彷彿させる。
28
Oscar Jerome “Do You Really”
サウス・ロンドンが拠点の彼は、UKジャス・シーンの中でも飛び抜けた勇気を持つようだ、この曲ではジェンダーやアイデンティティーに関する問題意識を訴えている。
27
Noga Erez “Cash Out (Feat. Sammus)”
M.I.A.と比較されることも多いイスラエルのアーティストは、ヒリヒリとしたサウンドと言葉で私たちに挑んできた。インダストリアルの要素が際立つドライな音質に惹かれた。
26
James Blake “Don't Miss It”
メランコリックなサウンドに乗せて歌われるのは“喪失”だ。発表と同時に男性性の問題を孕む発言があったのも印象的だった。
25
Poppy Ajudha “White Water”
トム・ミッシュ『Geography』にも参加したロンドンのソウル・シンガーは、移民としての経験を新曲に反映させた。貫禄に満ちた歌声は思慮深さを見いだせる。
24
Loyle Carner “Ottolenghi Ft. Jordan Rakei”
イギリスのラップ・シーンにおいて、ジャズやファンクの要素を打ちだすことで注目を集めてきたラッパーの新曲。タイトルにはヨタム・オットレンギというシェフへのリスペクトが込められている。
23
Elkka “Talkin”
ロンドンを拠点とするレーベルFemme Cultureの主宰でもある彼女。ゴムの要素を基調にしているが、叙情的なシンセ・ワークはデトロイト・テクノに通じる。
22
Ezra Collective “Reason in Disguise feat. Jorja Smith”
UKジャズの重要人物たちによるエズラ・コレクティヴが、ジョルジャ・スミスとコラボ。メンバーのフェミ・コレオソはジョルジャのツアーに帯同するなど、もともと深い繋がりを持つ両者だけに、秀逸なコラボになるのは必然だ。
21
Mahalia & Kojey Radical “One Night Only”
イギリスの若手アーティストである2人がコラボ。MVではビヨンセへのオマージュを匂わせ、性役割に関するおもしろい仕掛けも。
20
Kwes.“Midori”
ロイル・カーナーのプロデュースを務めたことも話題になった男の曲。ひとつひとつの音を丹念に磨きあげたサウンドスケープは、オウテカに通じる先鋭さをまとっている。
19
Jorja Smith“The One”
彼女のヴォーカリゼーションは実に幅広いが、この曲では妖艶なファルセットを楽しめる。パーソナルな想いを込めた歌詞は、心の奥底をかきむしるエモーションで満ちあふれている。
昨年発表のファースト・アルバム『Aromanticism』も高く評価された男は、この曲でストレートな怒りを表現した。いまだ蔓延る白人警官たちの横暴を暴く歌詞は鋭い。
17
BP Valenzuela “cryMANIAdanceMANIA (intro)”
最近追いかけているフィリピンの音楽シーンのなかでも、特にグッときた曲。オリエンタルな雰囲気が漂うフューチャーベースという趣で、バレアリック系のコンピに似合いそうだ。
16
Idles“Samaritans”
ハードコアの影響下にあるバンドが、性役割の問題を扱う意義は大きい。詳しく知りたい者は、映画『アメリカン・ハードコア』(2006)を観てほしい。
15
Novelist “Stop Killing The Mandem”
サウス・ロンドンのラッパーが紡いだのは、もう殺すなというシンプルなメッセージ。人種差別の視点も滲ませる歌詞の切実さに涙。
14
Peggy Gou “It Makes You Forget (Itgehane)”
今年はこの曲で踊り狂うことが本当に多かった。イタロ・ハウスに通じるいなたいサウンドに、TB-303のアシッディーなフレーズが交わる展開でトリップ。
13
Puma Blue “Moon Undah Water”
一言で表せば、J・ディラとポスト・パンク・バンドがコラボしたようなサウンドだ。金属的なギターの響きはアンディー・ギルのプレイを連想してしまう。
12
Flohio “Bands”
多くの素晴らしいラッパーを輩出するサウス・ロンドンだが、そのなかでも彼女のスタイルは好きだ。豊富な語彙を活かし、言葉を詰めこめるだけ詰めこむ。
11
Yaeji “One More”
誘眠的なサウンドが耳に残るポップ・ソング。秀逸なハウス・トラックを作るプロデューサーというイメージも根強いが、そこに収まらないポップなフィールドに行けるアーティストだ。
10
三浦大知 “Be Myself”
TR-808風のキックやカウベルなどの音色は懐かしさを感じるが、〈ビー・マイ・セルフ〉の掛け声と共にディスコ風のベース・ラインがくる展開はモダンだ。複雑な譜割りを乗りこなす三浦大知のリズム感覚は驚異的。
9
The 1975 “Love It If We Made It”
デジタル・ネイティヴなミレニアル世代からすると、心に突き刺さる戸惑いや希望を見いだせる歌。同時代性を描く手腕は見事だが、戸惑いをふまえたうえで行動している若者たちを知る筆者は、そこまで深刻にならなくても大丈夫と一言かけたくなってしまう。
8
BoA “Woman”
少女から女性への成長を示すうえで、この曲を先行公開したBoAの意志に感動。MVではビヨンセに向けたと思われるオマージュも。
7
Childish Gambino “This Is America”
話題性、批評性、自虐性の3点セット。MVもセットで楽しまないとすごさが半減してしまうのは残念だが、それでも十分すぎるインパクト。
6
Slowthai “Ladies”
ノーサンプトンのラッパーが生みだした痛烈な1曲。男性によく見られる鈍感さを皮肉ったMVも素晴らしい。
5
Kendrick Lamar SZA "All the Stars"
説明不要だろう。大ヒット映画のリード・ソングとして世界中の人たちに聴かれたのだから。愛の尊さをストレートに歌ったそれは、シンプルだからこそ心に響く。ジョルジャ・スミスによるカヴァーも秀逸だ。
4
諭吉佳作/men “別室で繭を割った”
静岡の中学生による曲。〈オイフォン〉を持ってくる言葉選びや、2:44以降のアレンジにとてつもない才覚を感じる。圧倒的なセンスに出会うと、人は笑ってしまうらしい。
3
Ah-Mer-Ah-Su “Kids”
黒人のトランスジェンダーであることを隠さないアーティストが、MGMTの大ヒット曲をカヴァー。原曲に新たな意味をあたえるという意味では、カヴァーの理想形。
2
Grimes “We Appreciate Power”
ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが『Age Of』でやったことをたった1曲のなかで遂行している。情報量が圧倒的すぎて未だに消化できないが、キャッチーかつおどろおどろしいサウンドに惹かれて何度もリピート。
1
Dave “Funky Friday (ft. Fredo)”
サウス・ロンドンを拠点とする20歳のラッパーが、イギリスのポップ・ミュージック史を塗りかえた。フル・アルバムを1枚もリリースしていない男は、社会問題への目配せも匂わせつつ、鋭い言葉を紡いでみせた。ラップはもちろんだが、ベース、ドラム、ピアノ、プログラミングも自ら手がけるマルチな手腕も注目だ。以前から追いかけているファンとしても、この快挙は心の底から嬉しい。
※ Teenage Granny、BP Valenzuela、諭吉佳作/menはSpotifyになかったので、以下にSoundCloudのリンクを貼っておきます。
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