The Volunteers(더 발룬티어스)『The Volunteers』


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 韓国のアーティスト、ペク・イェリンは非常におもしろい。2012年にJYPからデビューしたK-POPユニット15&(フィフティーンアンド)の元メンバーとしても有名な彼女は、ソロになってからより才能を解放している。とりわけ、内省的な詩世界を描いたファースト・ソロ・アルバム『Every letter I sent you.』(2019)、ハウスやUKガラージといったダンス・ミュージックの要素を巧みに接合したセカンド・ソロ・アルバム『tellusboutyourself』(2020)は、時代性や流行にとらわれない秀逸なポップ・ソングが詰まった良作だ。

 これまでの作品群を聴いていると、彼女は自らの好奇心に忠実だと感じる。メインストリームの音になびくこともなければ、狭っ苦しいアンダーグラウンドのシーンに属している印象もない。特定のスタイルに拘泥するよりは、惹かれた音を鳴らすことが大事なのだろうか。いずれにせよ、彼女の音楽は特定の潮流にあてはめられるほど単純ではない。ヴァース/コーラス形式などポップスの王道とされる様式を衒いなくなぞったかと思えば、王道とは正反対のプロダクションも躊躇なく乗りこなす。そうした幅広さは、ペク・イェリンという表現者が持つ最大の魅力のひとつだ。

 そんな彼女の新たな一手こそ、ザ・ヴォランティアズとしてリリースされたアルバム『The Volunteers』である。ザ・ヴォランティアズは、ペク・イェリン(ヴォーカル/ギター)、コ・ヒョンソク(ベース)、クァク・ミンヒョク(ギター)、キム・チホン(ドラム)の4人によって2018年に結成されたロック・バンド。同年サウンドクラウドでミニ・アルバム「Vanity&People」を発表するなど、いくつか作品を残している。しかし、彼女のソロ・ワークもあったため、バンド活動は断続的だった。

 2017年には、アメリカの音楽業界で初めてヒップホップ/R&Bがもっとも聴かれたジャンルになったことからもわかるように、いまやロック・バンドをやるということ自体が異端的になりつつある。それでも、オアシスやエイミー・ワインハウスのドキュメンタリーで見た反骨精神に惹かれた彼女は、ロックを鳴らそうと決意した(ちなみにライヴではたびたびオアシス“Champagne Supernova”(1995)のカヴァーを披露している)。ここでも時代性や流行に媚びず、自身の好奇心を優先させたのだ。

 この姿勢は『The Volunteers』でも遺憾なく発揮されている。本作の材料はロック成分100%であり、その他のジャンルは見られない。ラウドな響きのエレキ・ギターや性急なグルーヴが前面に出たサウンドを聴くと、ニルヴァーナ、クランベリーズ、パール・ジャムなど1990年代のロック・バンドが容易に思いうかぶ者も少なくないだろう。
 そうした本作において重要なのは、ロックと言っても複数のロックを取りこんでいるところだ。グランジやシューゲイザーなど多くのロック・ジャンルがちらつき、多面的なロックと言うべき音が鳴りひびいている。ゆえに曲調や音作りは多彩さが目立ち、それを可能にするバンドの豊富な引きだしや高いソングライティング力も光る。
 本作はさまざまな時代や文脈のロックが複雑に絡みあっている。その様は、5つ以上の音楽ジャンルを嗜むのがあたりまえとなった現在と共振する、モダンな折衷的感性が色濃い。

 歌詞も本作の大きな魅力だ。ヘイターへの反撃が歌われた“Violet”を筆頭に、怒りを隠さないアグレッシヴな姿勢が際立つ。
 なかでも惹かれたのは、“Let me go!”の歌詞だ。爽快感あふれるロック・サウンドに乗せて、〈I got no label(私にレッテルなんてない)〉〈Fuck them boys, cute voices(クソ食らえ可愛い声を出す男たち)〉歌われるこの曲は、スリター・キニーやビキニ・キルといったライオット・ガールのバンドを連想させる。
 “Let me go!”を含め、本作の歌詞は全作詞を手掛けた彼女の個人的心情に加え、社会に対するリアクションとも解釈できるフレーズが多く飛びだす。固有名詞など具体的な言葉は出てこないが、フェミニズムの観点から読んでも興味深い歌詞があるなど、リスナーの深い考察をいざなう内容なのは確かだ。

 『The Volunteers』は、時代の趨勢にそぐわない作品かもしれない。だが、その趨勢の向きを変える可能性で満たされた、文字通りのオルタナティヴ・ミュージックである。



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