忘れ去られた歴史を蘇らせるモダンなポップ・ミュージック 〜 The Avalanches『Wilidflower』〜



 いま思えば、オーストラリア出身のアヴァランチーズが2000年に発表したデビュー・アルバム『Since I Left You』は、2000年代以降における音楽のあり方を予言していた。彼らの特徴といえば、膨大な数のサンプリング・ソースを用いて作るサウンドだが、図らずもそれは、2005年にYouTubeが設立されて以降顕著になった、さまざまな要素を掛けあわせた折衷的音楽の一般化という状況を先取っていた。

 いまでこそ、“ひとつのジャンルに収まらない音楽” はあたりまえになった。しかし、それが音楽にさほど詳しくない層にまで浸透したのは、2000年代に入ってからだと思う。たとえばザ・ラプチャーは、ディスコとパンクを接続した興味深いポップ・ミュージックを発明したし、フレンドリー・ファイアーズは、シューゲイザー、ハウス、ディスコ、ファンクといった要素が際立つアルバム、『Friendly Fires』で音楽シーンに確かな足跡を残した。これらのバンドが受けいれられたのも、『Since I Left You』というアルバムが2000年に誕生していたから、とも言えなくないのだ。

 こうした想いを抱きながら、前作から16年ぶりとなるアヴァランチーズのセカンド・アルバム『Wilidflower』を聴いてみる。端的に言えば傑作だ。前作同様数多くのサンプリング・ソースを用いて作られたそれは、まるで万華鏡のように景色が矢継ぎ早に変化する。ヒップホップ、ファンク、ソウルといった要素が際立つサウンドは、心と体をこれでもかと踊らせて(そして “躍らせて”)くれる。すべての曲がシームレスで繋がっているのは、アルバム単位よりも1曲単位で聴くことが多くなった現在において、チャレンジングだと言える。
 とはいえ、前作もシームレスだったことを考えると、彼らからすれば自分たちのスタイルを貫いたに過ぎないのだろう。面白いことに、時代が目まぐるしく変わろうとも、彼らは変わらないことで挑戦的なオルタナティヴであり続けている。こうした点も、彼らの唯一無二な存在感を作るのに一役買っている。

 本作のジャケットでは、本来の色合いとは異なるアメリカの国旗と、カラフルな蝶が描かれている。アメリカといえば、“自由”の象徴として知られる国だ。実情はともかく、かの有名な自由の女神が示すように、あらゆる抑圧から人々を解放することを良しとしている。ゆえに多様性がある国ともされており、事実、アメリカに住む人たちのルーツは実に多彩だ。
 一方で蝶は、アメリカの先住民インディアンの間では “喜び” や “変化” を象徴する生き物とされている。サナギから成虫になる様がその由来だそうだ。
 こうした関連性をふまえると、本作のジャケットは “自由” であることの素晴らしさを暗に伝えているようにも感じる。あるいは、前作から16年という長い年月を経て、やっと次の段階へ進むという自らの状況を、サナギから成虫になるまでの蝶と重ねたのかもしれない。“自由” を象徴する存在に向かって、“変化” や “喜び” の象徴が飛んでいく。物語的には、こちらのほうが美しい。いずれにしろ、ウィルマス・フーディニからモート・ガーソンまで、サンプリングという手法を介してさまざまな時間や文化を行き来する自由な本作にふさわしいジャケットであることは間違いない。

 そんな本作を聴いていると、忘れ去られた歴史や過去が一気に頭の中で駆けめぐるような錯覚に襲われる。サンプリング・ソースとして使われた音楽のほとんどは、お世辞にも有名といえるものではない。だが、そうした音楽を中心に彼らは、ここではないどこかにあるパーティー空間を紡ぎあげた。しかしそれは、私たちが住む現実から生まれたものでもある。この現実に眠る瓦礫の山から、彼らはひとつひとつ断片を拾い集め、新たな世界を築きあげたのだ。さながら、封印されていた人々の記憶を蘇らせるみたいで、とてもロマンティックだ。ちなみにキリスト教では、蝶は “復活” の象徴とされているらしい。

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