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自立の本当の意味

☆自立ってなんだろ

小学校高学年ぐらいから言われるようになるかな。
長男・長女は早い時期からはじまるかもですね。
状況にもよると思いますが
私は言われていたのか、自分で察したのか
自立に意識は向いていた気がします。
あまり、子供のころから相談することもなかったので。

「自分でやりなさい。」
「自分で考えなさい。」

子供にも言ってるなー^^;

☆自立にも種類がありますよね

1.子供のころは「自分のことは自分でやる」という一番最初に意識しはじめる自立。

自分の物、おもちゃや勉強道具などは自分で片づけるとか、自分で考えて次の行動が出来るとか。それは親や先生、大人に言われたことをどれだけできるかということでもあるかもしれない。

2.大人になると「経済的なことも自分で責任をもつ」という自立。自分でバイトや就職して得たお金で携帯料金を払うとか、自分の身の回りのものを購入するということが出来るようになってきたら自立してきたなーって思います。「一人で暮らす」というはまさに経済的自立ですよね。
そして、「自分で考え、自分で決断する」ことができるようになる。

ここまでが、自立だと思ってました。いや、立派な自立だと思います。
でも、まだ自立じゃなかった。

☆自分で考え、自分で決断する時の罠

自立に必要な
「自分で考え、自分で決断する」ことに
ハッ!!とたことがあります。

子供のころは、大人からいろいろ学ぶしかないので、それを見本に自立していきますよね。そこからだんだんと、「自分で考え、自分で決断」していく。

大人になると決断の連続です。誰かに相談したり、ネットで調べたり、本を読んだり、勉強したりして自分で決めていく。

その決断するときに、自分で考えているようで、親や先生、子供の時に言われたことがものすごい影響を受けていることがあるんだ。と自分にびっくりしたことがあります。私は周りの影響を受けやすかったので、なおのこと、小さい時の大人の言動や行動にものすごい影響を受けていました。ここで「トラウマ」というのも生まれてくる場合もありますね。

私の意識は常に過去にあったようです。それが決断を濁らせました。その影響は無意識に刻まれていて気が付かなかないので、ほんとに厄介です。

何かを決断するときにどこに意識を向けて考えているか。考えてみると、出てくる出てくる。過去の経験や、親や誰かの言葉が壁になって、先に考えが進めていないことに気が付いていきました。

☆私は自立していると思っていた

自分と向き合うようになってから
実はまったく自立できていなかったと知り、びっくりすると同時に
ものすごい脱力しました。今までの私ってなんだ?と思って。
↓それが「私は誰?」と思ってた頃

自分で考えたことは考えた、ありとあらゆる視点から考えていました。
そして、自分で決断した。

でも、その決断は

間(あいだ)に誰かが入った決断っていうのかな。自分で決めているようで、他者の意識が入っている状態。
感覚的なものなのですが、それは無意識の思い込みになるのかな。

☆だけど、思い込みもいろいろ

思い込みも悪い影響もあるけど、良い影響もあると思います。それも全部ひっくるめて自分で判断することができるかどうか。

すべてを自分の頭で理解した上で(これがなかなか難しいけど)自分はどうしたいのか。そこではじめて、本当の自分の意志が確認できるのだと思います。

☆私が思う自立とは

今までの経験や誰かの話し、すべてのことを頭に置いて
最終的に自分の「心」で決断する。それが自分軸になっていくのかなと。

「他者に向いている自分の意識を自分に戻し、常に自分の意識を意識する」

自分の「心」で考え、決断したことが「本当の自立」ではないかと思うようになりました。

自分軸(自立)が確立していくと、他者の言葉も気にならなくなり、自分の決断にブレなくなっていく。結果、自分も相手も尊重できるようになると私は思います。

わかりにくいでしょうか^^;
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

雅代

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