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書評「実践 生成AIの教科書」は企業と組織における生成AIの指針でした

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2023年から続く生成AI・ChatGPTブームにおいて、多くの本が出版されました。2024年になっても新刊が続いており、4月10日時点でタイトルに「ChatGPT」「生成AI」を含む本は196冊発売されました(筆者調べ)。しかし、本の多くはプロンプトと呼ばれる命令文と実行結果や、個人的な業務における利用事例の紹介に留まります。企業や組織における生成AIについて言及した本は僅かです。既にChatGPTが560社以上(2023年10月時点・日本マイクロソフト社の発表)で導入されているものの、これから生成AI・ChatGPTを導入したい企業にとって、情報源が限られるのが現状です。

概要

このような状況下で、「生成AIの教科書」が発売されました。本書は日立グループにおける生成AI・ChatGPTにおける導入から活用までに至る知見を1冊にまとめた本です。生成AIの仕組み、利用ガイドラインや人材育成などの環境整備、プロジェクトの進め方、活用事例、将来像まで扱っています。個人で利用するプロンプトの紹介に終わらず、企業と組織における生成AIにまつわる作業全般について言及しています。生成AIを導入したい企業にとって、本書があれば生成AIの導入プロジェクトを把握できるでしょう。

対象読者

本書の対象読者は、以下となります。

1.生成AIを業務に適用して生産性を高めたい経営企画やDX部門
2.生成AIをソフトウェア開発に活用したいエンジニア
3.生成AIを業務で活用したいビジネスパーソン
4.生成AIで生産性を高めたいデータサイエンティスト
5.プロンプトエンジニアリングやRAG(Retrieval Augmented Generation / 検索拡張生成を学びたいエンジニア

前述の通り、本書は企業における生成AIの利用について紹介しており、ユーザー企業に提案から開発を行うIT企業にとっても有益です。あるいは上司や経営者にChatGPT導入を説明する立場からも、説明資料の素案として役立つでしょう。対象読者は幅広いので、それぞれ必要な項目から読み始めても良いでしょう。

読むべき理由

本書は生成AIに詳しくないビジネスパーソンなど初心者向けにも配慮されており、最初に生成AIの概要を説明しながら、各項目を掘り下げる流れになっています。エンジニア向けの技術的な解説も多いものの、あくまで会社で導入して実践することを想定して、最終的なゴールである成果を出すために何をすべきかが紹介されています。職種を問わず、幅広い立場で参考になる構成となっています。生成AIは動きが早く、発売までに時間のかかる出版は不向きとされますが、組織として成果を出すための取り組みは最新情報に影響されにくいでしょう。どうしても生成AIは目新しさが注目されがちですが、こうした目的設定が重要となります。

日立グループにおける業務への適用事例

生成AIを企業で実践するまでに必要な作業が網羅されています。例を挙げると適用する業務の調査、技術的な課題の把握、安全な利用におけるガイドラインの作成、人材育成などです。こうした内容は、自社で実践する中で得られたノウハウであり、既に日立グループ内で成功している安心と信頼が得られます。特にガイドラインにおいては文量が割かれており、情報漏洩から回答の間違いに加えて、諸外国における法規制にも言及しています。既に各国でAIに関する法整備が進み、法令遵守を徹底する企業にとって安心できるでしょう。

プロジェクト進行における知見

プロジェクト進行における解説も、本書の特徴です。単純にツールとしての生成AIを導入するだけでは、「導入」だけで終わって正しく活用できません。そこで事前にどんな用途で利用するか、技術的な実現性の検証と試作、業務用における適性、想定される効果など把握しておけば、効果的な導入に繋がります。さらに生成AI特有の仕組みである大規模言語モデルへのアプローチとして、プロンプトエンジニアリングにおける注意点も解説されています。こうした従来のシステム開発との違いは経験しなければわかりませんが、事前に把握しておけば対策もできます。開発を担当するエンジニアにとっても、まずは広く浅く調べてから個別に調べる内容が見えてくるので、目安になるでしょう。

「導入ありき」ではなく目的と実現性を明確にしましょう

導入プロジェクトに加えて重要なのが、社内でのユースケースです。生成AIに求められるのは社内の課題解決です。一方で生成AIが便利ですが、何でも解決できる魔法のような存在と誤解されがちです。そこで日立グループにおいて、実際にどんな用途でどのように使われたかがまとめられています。このようなユースケースの紹介は類書でも多いものの、実践した経験がある強みとして、削減効果と難易度の2軸において評価しています。

難易度が低く効果が大きい業務も多い

単なるユースケースの紹介ではなく、今後利用する企業に対して難易度は低く効果が高いという優先すべき課題がわかるのは、本書の大きな価値です。この点は類書との差別化として強調したい点です。並行してプロジェクトと呼ばれる生成AIへの命令文についても紹介しており、読み進めながら利用者としての理解度を高められる構成になっています。

生成AIにおける生産性向上

システム開発における生産性向上に関して言及しており、生成AIはエンジニアに対する支援として強力です。システム開発における上流から下流の各工程である要件定義、設計、実装、テストにおいて、利用方法が提案されるだけでなく、実際に利用できるサンプルも紹介されています。さらにWebシステム開発におけるフロントエンドやバックエンドにも言及しており、エンジニア全般の生産性向上が期待できます。特に画像認識における高い精度の紹介として、手書きの画面構成をHTMLに起こす流れが印象的でした。システム開発においても書類やホワイトボードなどアナログなツールを利用する場面が多く、デジタルへの変換も必要です。しかし、このような業務は手間がかかり価値を産みませんが、誰かがやらなければいけません。そこで生成AIが代行してくれる意義は大きいでしょう。エンジニアであれば、エンジニアでなければできない仕事に取り組むべきであり、不要な仕事を生成AIに任せて生産性を向上させる仕組みづくりが重要だと感じました

リファクタリングにおける支援にも期待です

社内業務における活用事例も詳しく掘り下げられており、本書ではコールセンター業務の事例が紹介されました。コールセンターは社内のみならず取引先や顧客対応で関わるため、業務量が増加するにつれて人手不足や効率化が懸念となります。そこでコールセンターにおける顧客対応において、生成AIを利用した自動応答、コンプライアンスチェック、新たな知識の追加と回答精度の向上が求められます。

問い合わせ対応には生成AIの知識が適しています

こうした課題においても、問題の洗い出しから開発に至るまでの流れのみならず、特定の情報を学習させて回答できるようにする「RAG」において、技
術解説とサンプルが掲載されています。

GPT-4Vでは図表を認識して文章化できます
まだ精度が不十分で課題が残るものの、将来的には強力な手法になりそうです。

一方で「ファインチューニング」においては、まだノウハウ不足のため利用が難しい現状もあるようです。こうした実際に手を動かして開発したエンジニアの感触が掲載されているのも、本書の魅力でしょう。生成AIの頭脳は提供元の企業が学習させたデータにとどまるため、自社の業務手順書や製品の問い合わせには対応できません。そこで自社専用の生成AIへのカスタマイズが昨今では注目されており、利用者、開発者、提案者など、幅広い立場で参考になるでしょう。

作業現場における活用事例

本書を執筆した日立製作所は、電力や鉄道などの社会インフラにおいて世界的な実績を誇ります。中でも設計から建設後の保守運用において、構造物の点検や安全性の確保において、生成AIが活躍する分野も多々あります。建物のヒビ割れを画像診断、3D空間の表示を音声で制御、知見の共有や質問の回答などに使われています。保守点検においては長年蓄積された知見が重要になるので、データとして管理しながら生成AIによって容易に利用できることで、作業の引き継ぎや後進の育成に役立ちます。

興味深い点は、ChatGPT導入における若手社員のインタビューです。一見するとChatGPTは先輩や上司による指導よりも効果が薄いなど不利な印象がありますが、実際には多忙な上司や先輩に相談しにくいことはChatGPTに聞いて解決するなど、前向きに使い分けているそうです。組織が大きく、業務が多岐にわたる中で、情報の取捨選択をChatGPTが支援してくれるのは心強いでしょう。

専門職の生産性を向上させる

さらにデータサイエンティストによる分析においても、生成AIによる支援は大きな効果があります。分析業務におけるプログラミング開発の支援だけでなく、顧客からの要件を壁打ちしながらまとめたり、大量のデータにおける加工や集計にも活用できます。データサイエンティストだけでなく、研究者やエンジニアのような専門知識が必要な業務において、生成AIによる支援は効果を発揮します。社内外において技術職は慢性的に不足しており、採用を増やすには限界があります。そこで1人当たりの生産性を上げるというのが、現実的な方法です。これは技術職における事例ですが、読者の目的によっては他の職種にも転用できるでしょう

データの欠損値を調べるPythonのコードもすぐに作成できます

・まとめ:生成AIを実績と事例から学べる1冊

本書は基礎的な機能や仕組みから丁寧にChatGPTを解説しながら、日立グループにおける実績と活用事例を紹介しています。実際に導入に関わったことで得られた知見について、技術と業務の両面による解説は貴重です。特に大規模な導入におけるまとまった知見は公開されておらず、課題設定の難易度やシステム開発と社内業務における成果など、貴重な情報が詰まっています。生成AIには導入だけでなく、課題解決の実績や費用対効果に見合った成果が求められるため、日立グループにおける根拠というのは大きな説得材料となるでしょう。また、導入を依頼する場合でも自社内のこれだけの知見があることの証明になるため、発注に至る根拠としても十分すぎる実績があります。ChatGPTは2022年11月に発表されましたが、ここまでの開発と本の執筆を考慮すると、早い段階から着手していたと想像できます。さらに外部に向けて社内の取り組みを時間と手間をかけて書籍という形で発売できたことは、人材やノウハウの厚みがある組織と言えるでしょう。執筆者は同社の生成AI組織であるGenetative AI センターのメンバーに加えて、研究者、エンジニア、セキュリティ、法務、品質保証など各分野のスペシャリストです。データ分析コンペ(Kaggle)で「Master」の称号を持つ方も参加しており、生成AIやChatGPTを解説において高い信頼を誇っています。さらに参考文献、参考URLにおいても細かく記載されており、丁寧な作りこみと誠実さも感じられます。

2024年以降、生成AIの導入と活用の場面はどんどん広がっていくでしょう。これから取り組む企業にとって、「生成AIの教科書」は、まさに手本となるべく教科書に仕上がった1冊です


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