君と冒険譚

「兎にも角にも、大変だったのだよ少年」
「あぁ、そうか」
「あぁ、そうだ」
「君は何がそんなに大変だったんだ?」
「聞いてくれるか少年よ」
「面白ければ聞いてやろう」
「そう言うな少年よ」
「そうだな・・・ならばこうしよう、その話を聞いたなら僕に何かおくれよ」
「何かとは何だい少年」
「それは秘密に決まっているじゃないか」
「もったいぶるなよ」
「そっちこそもったいぶるなよ、さぁ僕に君の話を聞かせておくれ」
「ふむ、そちらも気になるところだが先きにこちらの話を話そうか」
「さぁ話しておくれ君の冒険譚を」
「そうさな、これは私がここにたどり着くまでに起こった話さ……」
 そういいながら話し出した。彼の話は心が惹かれるものばかりだった。今まで僕が体験したことの無いような冒険譚を全身を使い表現しながら語ってくれた。
 例えば高速で動く鉄の塊の話、人を運ぶ板の話。彼が話す物語は僕ではとても想像もできないような話ばかり。その中でも僕が一番気に入ったのは四分の一の確率でしか出会うことができない桃色の空が好きだった。彼は空から落ちてくる空のかけらを何度も取ろうとしたけどすべて逃げられたと地団駄を踏むように腕を上下に振って悔しさを表していた。
 今日の話は味のする水の話だった、その水はどこにでも有るわけじゃなくてある一定のところにしか存在しないそうだ。味の感想を聞いたが舌がビリビリして喉が物凄く乾くらしい、水なのに変なのって言ったら彼はそこが面白いと言った。僕からすれば彼の方がおかしいかもしれない。その次に僕が僕ものその水を見つけたら用心しないと、と言うと彼は胸を張り背中を伸ばし威張ったように「私に任せなさい」だって。僕は悪戯心にかられ彼の脇を指で小突いたら爪で指を引っかかれてしまった、待ったく、野蛮人だなぁと笑って見せる。申し訳なさそうにしていた顔がその一言で元に戻り、また陽気に語りだした。
 彼との話は時間の流れも忘れ時の支配が光から闇に移るその狭間、彼が話すのを止める。
「すまないここまでだ少年」
「うん」
「それで、少年が欲しいと言っていたものは何だっだのだ?」
「あぁ、それならもう頂いたので大丈夫です」
「? そうなのか、ならばよいが」
「はい、大丈夫です」
「そうか。それならばもう私は行くとしようか」
「はい、いってらっしゃい、また話を聞かせてくださいね」
「あぁ、今度は白銀の世界に行くんだ楽しみにしておいてくれ」
「はい」
 行ってくると言うと彼は颯爽と窓から外の世界に駆け出した。

 部屋の扉がノックされ一人の女が入ってくる。
「失礼します綾崎さん、検診の時間です」
「もうそんな時間でしたか」
「窓閉めますね」
「あ、もう少しそのままでお願いします」
「? いいですけどまた猫ちゃんですか?」
「はい、今日も来てくれたんですよ」
「一週間に一回は来てますよねあの猫ちゃん、飼い猫ですか?」
「いえ、僕の大切な友達です」
「へーいいですね、今度来たら私にも見せてくださいよー」
「どうだろ、彼は女性が苦手ですから」
「それじゃー無理ですねー」
「それじゃそろそろ包帯変えますね」
「はい、お願いします」
「綾崎さん目の調子どうですか?」
「まだ全然見えないですね」
「そうですか、先生に伝えときますねー」
「早く外に出たいなー」
「絶対よくなりますって! はい完了です」
「いつもありがとうございます」
「いえいえー仕事ですから……って指ケガしてるじゃないですか! こっちも手当てしときますね」
「さっき引っかかれちゃいました」
「何かしたんですか?」
「脇を突っついたら嫌がられてしまいました」
「猫ちゃんは気分屋ですからねー」
「次は気を付けます」
「本当ですかー」
「本当ですよ」
「はい、今日の検診終わりです」
「あの」
「わかってますよ、猫ちゃんの事は誰にも言いませんって」
「感謝します」
 すべての作業が終わると女は部屋から出ていった。 窓から流れ込む風を感じ先程まで話していた可彼のことを思い出す。今度はどんな話を聞かせてくれるのか今から楽しみで仕方がない。

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