リコリス・ラジアータ

「弟よ、お腹が空いたわ」
「知らないよ、なんで僕に言うのさ」
「そこにあなたが居るからよ、だから食べさせて」
「意味が分からないよ、そして食べようとしないでよ」
「冗談よ、さすがに実の弟を食べたりしないわ」
「そういってこの前食べたの誰だよ」
「ごめんなさい、昔のことは忘れたわ」
「昨日なんだけど・・・」

イギリスの首都ロンドン、そこにある教会のほとんどに墓場がある。外国の墓地は日本みたく派手で大きくはなく、墓石が有るだけのシンプな創りでできている。
埋葬方法も焼いてから埋めるののではなく棺桶に入れて埋めるだけのため、たまに生き返ることが有るとかないとか。

教会の鐘が鳴る時間、夕日に負けないぐらいに燃えるような赤いリコリスがあたり一面に咲き乱れ、見る者すべての心を奪う。
紅の中に金色の影が二つ。
二人が座りながらお話をしているそばには掘り返された墓地が二つ。先ほどから何やら食べるだの食べられただのと人とは思えない会話を繰り広げている少女と少年。
まぁお気づきの通りゾンビですこの二人。それでもこの二人を纏う空気はこの世の理から外れた者だからだけでは説明できないぐらい異様な雰囲気を放っている。
なぜこんなアバウトな説明をするかって? それほどまでにこの世のものとはかけ離れた存在感を放つ二人を表す言葉はまだこの世には存在しないだろう。
そうだなあえて近しいものを上げるとするならばフランス人形だろう。二人の容姿はまったく一緒といったわけではなく少年の方は金色の短めのくせっけに赤い瞳。
洋服はシャツに黒地に青いストライプのベストと同色の短パンに白のソックス、少女の方は金髪の腰まで届きそうなぐらいのツインテールに赤い瞳。
洋服はフリルたっぷりの膝丈ぐらいまでのドレスワンピースとヘッドドレスそして白いソックス、服の色は少年と一緒の黒地に青のストライプ。
この二人眼鏡をしているのだが、このメガネは普通のものとは違い片目しかない片眼鏡(モノクル)をつけている。

この二人の日常は少し異常で、まぁゾンビなのだから非日常が日常なのだろう。
二人の朝は異様に早い。寝なくて良い体だからなのか朝方のまだ霜が降っている時間帯には覚醒している。
そしてその時間からティータイムが始まる。食べるものは死人の血肉と骨、飲むものは血、ごくまれに二人に会いに来るもの好きな客人がもってくるクッキーで楽しんでいる。
ゾンビなのだから味覚がないのでは? という質問は愚問でしかない。ゾンビだって元は人だ、その時の感覚が残っていても可笑しくはないのだから。

 深く濃い霧に囲まれた教会の裏に墓地がある。
そこから聞こえてくる楽しそうな声、だが待てまだ朝の五時だ、それでも構わずしゃべり声は続く。
 赤い花に囲まれて、人形みたいな二人は喋る。
「ねぇ弟よこのクッキー硬いわ」
「え、だってそれ骨だよね」
 二人の表情筋は死んでいた、いや死んだあとの死後硬直でほとんど動かなくなったが正解だ。
「ええそうよ。私思うの、この世には絶対柔らかい骨だって存在するはずよ、だから探してきて頂戴」
 少女は無表情にそれでいて無邪気な子供のように瞳をキラキラと輝かせている。
 死んでいても心は死んでいないらしい。
「意味が分からないし、普通に嫌だよ、それに僕らはここを動けないじゃないか」
 少年は視線を足元に落とす、そこには二人には似つかわしくない錆びついた鎖と足枷が二人の足首に付いていた。
「それもそうね、ならあの人に頼もうかしら」
 あの人という単語に弟のほうが反応する。
 声を荒げ、まるで人のように反論する。
「ダメだよ!あの人のせいで僕らはこんな体になったんじゃないか!」
「それもそうね、でも私はこの体気に入っているわ」
 弟とは裏腹に姉は冷静に本当の人形みたいに答える。
それを見て弟はひどく悲しそうな顔をする。
 それもそうだろう生前の彼女を知るものならば誰もが同じ気持ちになるくらいには変わってしまった、否、変えられてしまった。
「弟よ、そろそろあの御方がお見えになる時間だわ、お茶会の準備を手伝ってちょうだい」
「あ、うん」
 弟は落ち着きを取り戻し姉に言われた通りお茶会の準備をする。
姉の方は乱れた髪を手櫛で戻し、ドレスに汚れが付いていないか大きめのガラスの破片で確認する。
「ねぇ弟よ、どこかおかしいところはないかしら?」
準備をしている弟に声をかけ、目の前で一回転してみせる。
弟も準備している手を止め姉を値踏みする。
「うん、いつも通りかわいいよねぇさん」
「ありがとう。あなたに褒められると安心するわ」
何もない胸を撫で下ろし安堵していると、二人の頭上から声が降ってくる。
「やぁおはよう。シェリーそしてヴァン」
 そこに立っていたのはロングの黒髪を後ろで束ね、燕尾服にハット帽といった執事の様な格好をした長身の青年。
「あら今回は来るのが早いのねお菓子屋さん(パスティッチェリーア)」
「あぁいつもより早く目が覚めたからね、はいこれクッキー、今回はココア風味にしてみたんだ」
 そういいながら青年が上着のポケットから出してきたのは骨の形をした茶色いクッキーが入った少し大きめの瓶だった。
「いつもありがとう。私あなたが作るクッキーが一等好きだわ」
少女シェリーは大好きなおもちゃを前にした子供のような雰囲気をだし瞳を輝かせクッキーを受け取り食べる。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。作り甲斐があるからね」
青年は笑った、のっぺらぼうのように笑った。
「ヴァン、やっぱり君は食べてくれないのかい?」
 青年は先ほどからクッキーを食べるシェリーを傍らで見つめる少年、ヴァンに声をかける。
「いつも言っていますが甘いものは苦手なんです。お気持ちだけ貰っておきます」
「そういえばそうだったね、次は君が食べられるものにしようかな」
「お気遣いありがとうございます。ですがそれだとねぇさんが食べられなくなるのでいつも通りで大丈夫です」
「君は大人だねぇ」
 青年は少年から視線を外し目の前で美味しそうにクッキーを食べ続ける少女を見る。
 少女は何かを思い出したかのように食べるのを止めクッキーから青年に視線をやる。
「あぁそうだ、貴方に会ったら聞きたかったことがあるのよ。この辺一帯に咲いている花はなんていうの?どうしてずっと咲いたままなの?」
 少女はただ純粋に自分の思っていることを口にした。
それを聞いた青年の顔が一瞬だけ動揺する、それもすぐに元に戻りその瞬間に響く破裂音。
 食べかけのクッキーが手から滑り落ち重力に逆らうすべをなくした少女の体がその場に崩れ落ちる。
 青年の手には一丁の拳銃が握られており銃口は少女の方を向いている。
あまりにも唐突な青年の行動に反応できずにいた少年が我に返り少女に駆け寄る。
「シェリー!」
 少年が少女の体を抱きかかえるとあることに気付く、それは血が一滴たりとも出ていなければ打たれたはずのところも服が破けていないのだ。
「フフ、驚いた?これ何も入ってないんだ」
「え……でもねぇさんはなんで?」
「毒だよ。リコリスのね」
 青年は少年の方に歩み寄り、先ほど少女が落としたクッキーを拾い瓶に戻し上着のポケットに入れる。
「このクッキーにはリコリスの毒が練りこんである、シェリーはその毒で眠っているのさ」
「毒って……」
 少年は眠ったままの少女の頬を愛おしそうに撫でる。
傍から見れば、無くした恋人を抱きかかえる人に見えるだろうがそうでは無いみたいだ、少年の方は小刻みに震えており泣けない体で悲しみを表現しているのかと思いきや突然笑い出した。
「アハハハ!貴方って人は実に面白く最高だ!」
 狂っている、そう狂っているのだ何もかもが、少女を抱きかかえ高笑いする少年。そしてそれを見て嬉しそうに口角を少し上げ笑う青年。
「君はそう言ってくれると信じていたよ」
「当たり前じゃないですか。だって見ました? 今のシェリーの顔! 何が起きたかわからずに眠りについたんですよ! 心底滑稽でしたよ」
 先ほどまでの無表情が嘘だったかのように少年の顔は酷くゆがみ、まるで生きている人間のように感情豊かになっている。
「さぁヴァン君帰り支度をしたまえ」
「はい葬儀屋さん(アンダーテイカー)」
 少年は抱きかかけていた少女をリコリスの花が敷き詰められた棺桶に寝かせ元の場所に埋める。
「やっぱり貴方に生きることは似合わない。また会いましょうねぇさん」
 少年は満面の笑みで少女の墓を後にした、黒ずくめの青年とともに消え始めた朝霧の中に姿を消した。

 薄暗い部屋の中、埃臭さと薬品の臭いが入り混じった異様な臭いと共に紅茶やケーキといった美味しそうな匂いがする。
 そこには少年と青年が愉しそうに何やら話している。
「それにしても葬儀屋さんのやることには毎回驚かされます。最初墓荒らしを始めた時は遂に頭のネジが全部はじけ飛んだのかと思いましたよ」
「アハハひどい言われようだが、それでも彼女を見つけてきたのは君だろう」
「はい。そうですよ、あれは今でも昨日のことのように思い出せるような奇跡的な出会いでしたよ」
「夜遅くに帰ってきたと思ったらまだ温かい死体を抱えて女神を拾ってきました、って満面の笑みで言ってきたときは君が遂に狂ってしまったのかと思ったよ」
「何を言ってるんですか?彼女を死体からゾンビにしたのはあなたじゃないですか、それこそ狂ってます」
「それを利用して今の悲劇を考えたのは君だろう仮の記憶まで作ってさ……」
「愛ゆえにですよ」
少年は笑っていた無邪気な見た目のまま、少年の無垢な笑顔で。
「愛ゆえに……ですか。それでもこの喜劇のためだけに遠い日本からリコリスの花の球根を大量に輸入した時は君の行動力に驚かされたよ」
「それも愛ゆえにですよ。だって彼女にはリコリスの色が一番似合うから……」
少年の無垢な笑顔に悲しみが見えた気がしたが気のせいだろう。
「愛とは素晴らしいものだね。さぁヴァン君ティータイムはこの辺にしてあなたもメンテナンスしますよ。来年も彼女に会うのでしょう」
 青年と少年は食べかけのケーキと飲みかけの紅茶を残し部屋の闇に消える。

少女の眠る墓にはすべての痕跡を消すように大雨が降りそそぐ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?