ピアノ教材の中の”インディアン”

またまた久しぶりの投稿です。

僕は普段ピアノ講師をしていますが、主に市販のピアノ教材を、生徒さんの年齢や性格に合わせて選択して使用しています。

以前はドイツの「バイエル」かフランスの「メトード・ローズ」を使用することが多かったのですが時代は変わり、それらをそのまま使うということは少なくなってきた感があります。

19世紀のドイツ・フランスから20〜21世紀の日本へ、時代も違えば国も違います。当然文化も全く違うわけで、現代の日本に合わせた教材の開発が求められ、また海外からも時代に即した教材が輸入されてきました。

そうした中で、僕が主に使っているのは
「ピアノひけるよ」シリーズ(橋本晃一編著・ドレミ楽譜出版社)
「ぴあのどりーむ」シリーズ(田丸信明編著・学研)
「アルフレッド・ピアノライブラリー」(W. A. パーマー他編著・全音楽譜出版社)
「バスティン・ピアノメソード」(J. バスティン夫妻編著・東音企画)
「バーナム」シリーズ(E. M. バーナム著・全音楽譜出版社)

といったところ。

これらはどれもよく考えられており、それぞれに特徴があるわけですが、僕が気になっていることが一つあります。

”インディアン”を扱った作品が収載されていることが多い

ということです。
「ひーとりふーたりさんにんのインディアン♪」で始まる数え歌の「十人のインディアン」は昔よく歌った方も多いかと思います。
その他にも「インディアンの踊り」などのタイトルで特徴的なリズムを伴った曲が収載されていたりします。
ここでいう”インディアン”というのは、現在では主に「ネイティブ・アメリカン」と呼ばれる人々で、コロンブスの新大陸「発見」以前からアメリカ大陸に居住していた人々のことです。
いわばコロンブスの「盛大な勘違い」によって「インド人」にされてしまったことで、以降20世紀末に至るまで「インディアン」と呼ばれていたわけです。
(コロンブスは亡くなるまで自分の発見した新大陸はインドであると思っていたそうです)
具体的にいつ頃からはわかりませんが、僕のイメージでは90年代後半くらいから「インディアン」という言葉は使われなくなり、「ネイティブ・アメリカン」と呼ばれることが増えてきた気がしています。
それはそうです、アメリカ大陸はインドではなかったのですから。

僕(1976年生まれ)が小さい頃はまだ大人たちに西部劇の人気があり、その影響を受けて僕ら子供にも「インディアン」のイメージがありました。
しかしそういうイメージはいわゆる「西欧人の目から見たイメージ」に脚色されており、また西部劇的な「悪者のイメージ」まで付加されていたものだったと思うのです。彼らにしてみれば勝手にやってきて、勝手に「建国」し、同胞を虐殺していったのは白人達で、「悪者はどっちだよ」ということだと思います。
またアメリカ大陸は非常に広大であり、非常に多くの部族がめいめい異なる文化を持っていたわけで、一緒くたに「インディアンのイメージ」を持たれることも不本意であろうと思われます。
おそらくそういうことから「インディアン」という呼称を改め、「ネイティブ・アメリカン」と呼ぶようになってきたのだと思います。

つまり、多くのピアノ教材は「30年前で時間が止まっている」のではないかと思うのです。

今は21世紀です。20世紀までの「一方的な価値観」が様々なところで見直されている時代です。特徴的なリズムを学ぶことの意義はあると思いますが、時代に即したものに変えていく必要があるのではないかとここ最近思っています。

もう一つ、僕がこの題材に違和感を覚えるのは、
「今の子供達にはいわゆる『インディアンのイメージ』は存在しない」
ということです。
この『イメージ』を持っているのは僕の見るところ現在40代以上の方のみで、30代より下の人たちには「西部劇」自体のイメージがない人が多いでしょう。
そういう人たちに向かって「インディアンのリズムをイメージして」と言ったところでイメージできないし、あまり意味がないのではないかと思っています。

その辺りも考慮して、各出版社には収載したレパートリーの再検討をお願いしたいと思っています。


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