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【アジア横断&中東縦断の旅 2004】 第14話 西チベット

2004年8月17日 旅立ちから、現在 227 日目

チベット東部の町ラサから、西へ約1,600km離れたアリという町へ向かうために乗り合いバスに乗った。
これから数日間昼夜ノンストップで寝る時もバスに乗り続ける長い移動になる。

西チベットはインフラ整備が全くされておらず、手付かずの大平原の中にかろうじて認識できる道も、途切れ途切れの細い砂利道のままだった。

遠く地平線の向こうに積雪したヒマラヤ山脈が見えたが、周囲に距離を比較する対象物が何も無いため、それがどのくらい離れているのかわからなかった。

これからこの川を突っ切る
こんな風景が延々と続く


ラサを出発して3日目の夕方、バス移動の休憩中に外に出た。
標高4,000mを超えるこの地は真夏でも夜になるとかなり冷え込んだ。
近くの草原で焚き火をして暖をとっているチベット人に呼ばれ、その輪に入れてもらった。
お互い言葉は全く通じないが、彼らが何を言っているかはなぜか理解できた。
よくこんなところまで来たな。寒いだろう。暖かいお茶を飲め。腹が減っているだろう。これを食べろ。
彼らはそう言っていた。
ありがとう。
私は片言のチベット語で答えた。
彼らは笑顔で大きくうなずいた。
必要なのは伝えようとする心と、理解しようとする心なのだと改めて感じた。

焚き火を囲むチベット人の輪


バスは道中で何回も故障をしたが、その都度修理をして昼夜休むことなく一路西へ走り続け、ラサを出てから9日目の朝、ようやくアリにたどり着いた。
今までにないほどのハードな移動に私は疲れ切っていたが、興奮冷め止むことはなかった。

故障が絶えなかったバス


当時、西チベットは外国人非解放地区とされ、公には外国人の個人での立ち入りが許可されていなかった。
しかし途中にあるいくつかの検問を見つからずに突破し、西チベットのアリまでたどり着ければ、公安(中国の警察)に自ら出頭し罰金を払うことで、本来取得できないはずの入域許可証を正式に得られ滞在ビザも延長することができた。

なぜそこまでしてあえて公共交通機関も無い西チベットへ向かったのかというと、この長旅の途中にどうしても行きたい山があったからだ。

その山の名は聖山カイラス。
まだ学生の頃にその存在を知って以来ずっとあこがれ続けた山だった。

第三の極地と呼ばれるチベットの中でも、秘境中の秘境とされる西チベットの最深部に鎮座するこの山は、チベット仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教、ボン教などの最高の聖地とされている。
仏教の世界観の中心に立つとされる須弥山とはこの山のこととされ、カンボジアのあの大遺跡アンコールワットもこの山を模して造られたと言われている。

標高6,656mのこの山は聖なる山なので直接登山することは許されない。
そのため山の周りの一周52kmの巡礼路を数日間かけてぐるりと歩いて回るのが最高の巡礼方法とされ、それは「コルラ」と呼ばれていた。
聖山カイラスをコルラすることは学生時代からの夢のひとつだった。

アリでカイラス方面へ向かう車をヒッチハイクしていたら、人民解放軍(中国軍)の補給車が通った。
これを逃すと次にいつ車が通るかわからないため必死に交渉したらカイラスの麓の集落まで乗せてくれることになった。
外国人を軍の車に乗せてしまっていいのだろうかという疑問もあったが、素直に乗せてもらうことにして砂利道を丸一日かけてカイラスに向かった。

人民解放軍の補給車
遠くにカイラスが見えてきた
カイラスの麓
コルラするチベット人
標高5,000mオーバーを登る
カイラス北面
奥には氷河が見える

巡礼路の途中にある小さな宿坊に寝床を確保したカイラスのコルラ1日目の夜。
外に出ると空には手が届きそうな程近くに無数の星が輝いていた。
その中を途切れることなく流れ星が流れていく。
私は寒さを忘れてしばし満天の星空を眺めていた。

カイラスのコルラ2日目にこの巡礼路の最高地点である標高5,668mの峠にたどり着いた。
標高5,000mを超えると酸素が平地の半分以下になる。
一歩進むごとに息切れしバックパックが肩に食い込んだ。
息も絶え絶えようやく峠を登りきるとそこには辺り一面におびただしい数の祈祷旗が翻っていた。
近くには氷河が見えた。
空は恐ろしいほど濃く、青かった。

標高5,668mの峠で祈祷紙を投げ一路平安を祈る



カイラスは何億人もの思いが凝縮された目に見えない何か大きなものが間違いなく存在する場所だった。
この山にたどり着くことに一生を懸けるチベット人も多いが、なぜそうまでしてという野暮な疑問はそこに立った瞬間に消し飛んだ。
それは言葉では説明できない。
もしかしたらそこは四次元空間への入り口だったのかもしれない。
そんな錯覚をしてしまいそうになるほど、カイラスは他とは明らかに空気の違う聖なる場所だった。

2004年の夏に西チベットの奥地で見たあの壮大な光景は、あれから長い年月が経った今でも、私の中で色褪せることなく輝き続けている。


続く
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