【無料】小説『またあした1』~ユーモア・ミステリー~|第1回|
「ここんとこ、笑ってないなあ」
というあなたに!
ユーモア小説 ケンちゃんシリーズ『またあした』を週1回ぐらいのペースで10週ほど連載します
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超・一人称小説『またあした』第一巻
【なッ アッタマいいだろ】連載第1回
その一
えッ、新藤さん?
それがさ、マスター。さっぱり分かんないんだよ。
何やらかして、ムショに入ってたのか。
「あの眼つきは、コロシに違いない」
ヒロシの奴は、そう言うんだけどね。
そもそも、口数が少ないほうだしさ、新藤の兄さんは。ふつうにしてたって、浅黒い顔の眉間に縦皺が寄ってるし。
おなじ部屋住み仲間のヒロシもカズキも怖がってんだ。
ずっとムショにいたせいか、煙草の煙が気になるらしくって。
ヒロシなんか、事務所の応接の横の六畳間で煙草吸ってたら。新藤さんに、あの目で睨まれて。それだけで、
「マジで、ションベンちびりそうになった」ってビビッてたもんな。
うちの決まりじゃ、ツトメ終えて出てくるときは、まず兄貴なり幹部なりがムショまで迎えに行く。そっから、連れだってオヤジに挨拶にやってくる。
オレたちは、本部事務所の門から玄関まで掃き清めて、打ち水して。
座敷に、尾頭付きの鯛、それに松寿司から特上の握りを出前させて、『開運』の一升瓶を三本用意して迎えるわけ。もちろん、ビールが好きな場合はビールの、煙草が好きなら、煙草の銘柄まで訊いて揃えとく。
一か月ぐらい前に、事務局長の佐藤さんから知らされるんだよ、フツー。
いつ、誰がムショから出てくるって。何やらかして、何年ぶりのシャバかもね。
ところが新藤さんは、とつぜん事務所にやってきて。
「オヤジさん、居るかい」だろ。
「どなたさんですか」
恐るおそる尋ねたら。
「新藤と言ってもらえりゃ、分かる」
それで、オヤジに繋ぐと。
「そうか、今日だったか。おい、尾頭と酒、用意しろッ」だもんな。
ムショ帰りには違いないんだけど、いつもとパターンがぜんぜん違ってた。
だからさ、マスター。ホントに謎なんだよ。
なんでムショに入ってたのか。なんで平和組に来たのか、さっぱり分からないんだ。
マスター、覚えてるかな。
《平和組猛攻 北極会を殲滅!!》
新藤さんが、うちの事務所に顔を出したちょうどそのころ。『大名古屋スポーツ』の一面にデカデカと出てた。
だから、あれは去年の三月も末、そろそろ桜が咲くってころだよ。
その年の一月三日に北極会の北鉄夫会長が癌で死んだだろ。そっから、大府の叔父貴と瀬戸の兄さんが北極会のシマをがんがん攻めて。そう、三河戦争な。
北極会との出入りやおまわりとの小競り合いが、もう毎日のようにあって。
《北極会が決死隊を結成へ?》とかさ。
《平和組 再襲撃を準備か?》って、大名古屋スポーツなんか、もう大はしゃぎ。
ケリがつきかけたころ、北極会の奴らに清洲の伯父貴が殺られた。だけど、それを除けば完勝。パーフェクトだろ。
あの戦争で北極会をコテンパンに叩いて、うちの縄張りは一気に広がった。それも、たった二か月で。すんげえよな。
完全にケリがついたあと。
ひさびさに、大府の叔父貴が事務所にやってきて、オヤジにクルーザーをプレゼントした。そのすぐあとに、瀬戸の兄さんがライバル意識まるだしで、ヘリコプターをプレゼントしにきた。
いやあ、こいつは維持費がかかるな、ってオヤジは笑ってたけどね。
瀬戸の兄さんが、帰ったあとに。
「クルーザーとかヘリコプターって、プラモデルじゃないんだからさ」
オレが、呆れてたら。
「つぎは、カシラの番。こうなったら、もう戦車しかないッスよね」
ケータイいじりながらカズキの奴が、そう言った。
「もし、北極会の事務所に戦車で突っ込んでたら、奴ら腰抜かしただろうな」
笑ってるオレに、ヒロシの奴が。
「いや。服部さんは、そんな子供っぽいこと絶対しないって」
ヒロシの読みどおり、若頭の服部さんは、そんな見栄の張り合いみたいなことはしなかった。
もともとカシラんとこは、金貸しとか株、それに土地転がしとかの経済ヤクザで。大府の叔父貴とか、瀬戸の兄さんとこみたいな武闘派じゃないしね。
だから三河戦争でも、カシラの組は、表立ってカチコミかけたり一切してない。もちろん裏じゃ、いろいろやってたみたいだけどさ。
なんせアッタマいいからね、カシラは。
戦争がはじまる前から、定例の幹部会を「とうぶん見合わせ」とか、「相互連絡の禁止」って決めたりして。
えッ、暴対法対策。戦争してるときに、幹部同士がツルんでるとこ撮られたりすると、ヤバイんだよ。それをネタに、幹部が指図してやらせたって、おまわりがオヤジや幹部をパクるんだ。
だから、戦争中は事務所での会合は禁止。固定電話もケータイも、警察が盗聴しやすいから禁止。
じゃあ、どうやって連絡とるのかって?
PHSだよ。どういうわけか、ケータイなんかより盗聴しづらいらしいんだ。だから、ヤバイ話は、うちじゃ全員PHSを使ってる。それを決めたのもカシラだよ。
ぬかりがないっていうか、ほんとアッタマいいだろ、うちのカシラは。なんせ、国立大卒だもんな。
ああ。古い話は、ぜーんぶヒロシから聞いたんだよ。
あいつは、オレとおない歳だけど、パパがうちの古参組員だろ。しかも中学卒業してすぐパパの組に入って。十八のときから、もう何年も本部の部屋住みやってるからね。
高校出てからのオレと違って、キャリアだけでいやぁ、生まれたときからこの途ひと筋のエリートよ。
だからさ、うちの組の古い話についちゃ、その辺の兄さんなんかより、ヒロシの方がよっぽど詳しいわけ。
ところが、そのヒロシがパパに訊いても、
「新藤なんて聞いたことねえな」って首ひねってたらしい。
もっとも、ヒロシのパパは糖尿で、おまけにリウマチ。だから、組の寄り合いに顔出すのも、ここ十年ほどは義理がけぐらいで。
「もう中村組の組長っていうより、ただのソープの経営者だよ」
そうヒロシも言ってるぐらいだから。昔の話ならともかく、ここ何年かの組のことについちゃあ、あんま詳しくない。
うん、そうだよ。あいつのパパはソープランドやってんだ。
スターロード商店街ってあるじゃん。あの商店街の名門ソープ、『夢殿』の跡取り息子だよ、ヒロシの奴は。
そりゃ、まあともかく。
そのころ、うちは三河戦争に勝って、どんどんエダが伸びるし、組員は増えるしさ。だから事務所に来る兄さんたちも、みんな羽振りがよかった。
ところが、新藤さんは、ほかの兄さんたちと雰囲気が違ってえらく地味だった。
クルマも中古だし、しかも日産のスピードスター。そう、サメみたいな顔のやつな。もう街中じゃ、まず見ねえよ。
そりゃ、たしかに渋いんだけどさ。でも渋すぎて、信号待ちしただけで、なんとエンストすんだぜ。
「つぎの車検とおすのに苦労するな」
顔しかめてたけど、前の車検を、どうやって通したのか不思議なほどボロい。
ネエさんには、今池で店をやらせて。自分は、競馬のノミ屋をはじめた。だけど、いまどき馬券なんて、みんなケータイで買ってるだろ。
うん、IPATな。だから、ノミ屋なんかでシノイでいけるのかなって思ってた。
ヒロシやカズキには、怖がられてたけど、何がきっかけだったか、オレのことを気に入ってくれて。
「ケンちゃん、ケンちゃん」って、可愛がってくれるようになった。
まあ、出身が同じ岐阜の田舎ってこともあったと思う。
オレが中津川で……、あれ、言ってなかったっけ。うん、そうなんだ。
で、新藤さんがたしか瑞浪。どっちも狭っ苦しい谷あいの街で、とにかく山ん中だから、空がちいさくて息すんのも大変、みたいな。
歩いてるのも、みーんな顔見知り。きのうも、きょうも、明日も。毎日まいにち、いっつもおんなじ人間しか歩いてない。中津川にしろ瑞浪にしても、えらく退屈な街なんだ。それが嫌なら、街を出るしかない。
まっ、そんなわけで、ちょくちょくメシを食わせてもらうようになった。
メシったって、味噌カツとか、味噌煮込みうどんとか、酒抜きの本当のメシだよ。ムショを出たばっかで、新藤さんもカネなんてそんなに持ってなかっただろうし。
だから、遊びといっても二人でパチンコ行ったり、映画見たり。それから、将棋を指したりな。
オレは、ヘボ将棋だけど、新藤さんはえらく強くてさ。だから、いつもオレの負け。そんで、勝負がつくと言うわけ。
「強気だけじゃ勝てないぜ、ケンちゃん」
それから必ず、こう付け加えた。
「勝負に勝つには、もうすこし我慢しないとな」
うん。新藤さんって、そういうタイプなんだ。だからカシラが目ぇつけたんだろうけどね。
いや、まさか。将棋ばっかしてるわけじゃないよ。
オレたち部屋住みってのは、いろいろ用事があってさ。
メシの支度に、掃除に洗濯。客も多いし、幹部会も毎月あるから、いちいちお茶出したりな。
えッ、メシ? いや、オレはもっぱら買い出し。
そういうのは、ヒロシが上手いんだ。
それに、ブチの散歩もオレの担当。
うん?
でっかい秋田犬だよ。
そういやあ、このブチって真っ白なんだ。だけど、名前はブチ。
これって、よく考えたらヘンだろ。だから、こないだヒロシに言ったらさ。
オヤジが子供のころ、はじめて飼った犬が、ブチって名前だったんだって。
名古屋に来る前、九州の田川に住んでたころの話らしいんだけどね。
そっから飼う犬、飼う犬。チワワだろうが、ブルドッグだろうが、ゴールデンレトリバーだろうが、とにかくみーんな、ブチ。
あるとき、トイプードルと柴犬を一緒に飼ってた時期があって。
「ブチ連れて来い」
オヤジに言われたけど、トイプーなのか柴犬なのか分かんなくて困った、ってヒロシはこぼしてた。ははははっ。
でもさ、ブチだけじゃないんだ、オヤジは。
そもそもヤクザの組なのに、なんで平和組なのかって。
これ考えたら、ヘンだろ。なッ、マスター。
ヒロシが言うにはさ。オヤジが組の看板をあげたのが名駅の裏の飲み屋街。その商店街の名前が、平和通り商店街だったんだ。
そう、だから平和組なんだって。
それにしたって、ふつう、もうすこし考えるよな、強そうな名前とか。うちらの業界はイメージも大事だし。
ところがオヤジは、名前なんてぜーんぜん気にしない。その証拠に、はじめのころオレの名前をよく間違えてたもん、ケンジって。
ヒロシにそう言ったらさ。
「なーに言ってんのよ、ケンちゃん。俺なんて、もう何年もいるのにさ。つい最近だよ、ヒロシって覚えてもらったの」
あいつが、口とんがらせて言うんだ。
「ここへ来て最初のころなんて、『タカシッ』って怒鳴ってるから、誰のことだろうと思ってたら。近づいてきて、いきなりガンッて殴るんだぜ。そんで『タカシッ、聞こえてんだったら返事しろッ!!』ってマジで怒ってんだ。俺は、まさか自分がタカシだなんて知らねえからさ」
そりゃ、名前つけたヒロシのパパだって知るわけねえよな。実の息子の名前が、タカシだったなんて。
「ヒロシとタカシなんてシだけだろ、かぶってんの。その点ケンちゃんはいいよな。ケンジだったらケンで二文字じゃん」
ヒロシの奴は、なんだって羨ましがるんだよ、まるで女みたいにな。そんで、やっぱうちのオヤジは、どっかフツーの人間とは違うよなって言うんだ。
たしかにね、オレもそう思う。
だってオヤジは、平和組の看板あげて組長になったとき。まだ未成年だったんだもんなあ。そら、フツーの人間じゃねえよ。
そりゃ、ともかく。
オレらの仕事は、ほかにもいっぱいあってさ。
事務所の玄関の両側に、カエルの焼き物を置いてあるんだけど。これが、高さ一メートルぐらいもあって、バカでかいんだ。
えッ?
こないだオヤジが台湾に行ったときに、買ってきたんだよ。エンギがいいからって。でも、ほっといたらホコリまみれになって、「エンギが悪い」って怒るから、毎日水ぶっ掛けて雑巾で拭かなきゃいけねえし。
それに、事務所のすぐ裏がオヤジの自宅だから、その庭掃除もな。
うちの組の本部事務所がある徳川町って、なんせ徳川家の屋敷があったぐらいで、名古屋イチの高級住宅街だからね。
その徳川町で、いちばんでかい家がオヤジんち。
庭もえらく広くて。池があって、鯉が泳いでる。一匹何百万だかの、でっかい錦鯉がな。
鯉だけじゃないんだ。大きな小屋があって鷲も飼ってんだよ、しかも二羽。そいつらにも餌やらなきゃいけない。
これがさ、毎回クジ引きな。だって、嫌だろ。生きてるヒコヨちゃんだぜ。
そのそばに、温室があってバナナの樹もはえてるし。
ああ、オヤジがサイパンに行ったとき。でっかい房からバナナをもいで食べるのが、気に入ったらしいのよ。
そんで帰ってきてから、庭に温室つくって植えさせたんだ。自分ちの庭でなったバナナを、客に食わせるってのをやってみたかったんだろうな。実がなるのを、すんげえ楽しみにしてた。
植えて二年目に、ようやく実をつけて。まだ小さくて青いのをね。まあ、あのせっかちなオヤジにしたら、えらく辛抱づよく待ってたよ。色づくのをな。
で、ようやくバナナが大きくなって、だんだん黄色くなってきた。
「もう、そろそろいいだろう」
そう言って、オレの見てる前で、いちばん熟してそうなのを一本選んで、ゆっくりとバナナをもいだ。それでさ、一枚いちまい皮を嬉しそうにむいてね、食ったわけよ。
でも、日本はサイパンと違うだろ。見た目ほどは、甘くなかったらしい。
ぺッて庭の飛び石の上に吐き出してな。もう、それっきり。
ある日。いつものように、新出来町でメシをおごってもらってるときに、その話を新藤さんにしたんだよ。
そしたら、そりゃあ、あれだなって言うわけ。
そんとき聞いて、はじめて知ったんだけど。オヤジのパパは、昔はテキヤだったらしいんだ。
いや、もう八十を過ぎてるハズだから、とっくに隠退してる。
で、テキヤも、ネタはいろいろあるけど。オヤジのパパはバナナの叩き売り。戦後すぐに、あれの啖呵売をやってたらしい。
「自分の家の庭でなったバナナを、オヤジは父親に食わせたかったんじゃないか」
新藤さんは、そう言うんだ。庭になってんのをもいでさ、叩き売りをやってたパパに、食べさせたかったんじゃないかって。
でなけりゃ、見栄っ張りで「フルーツといえばメロン」ってオヤジが、わざわざ自分ちの庭にバナナなんか植えるわけないだろうって。
でさ、味噌カツを食いながら、ポツンと言ったんだよ。
「出世するってのは、そういうことかもしれねえな」って。
えッ、どういう意味かは分かんないけどね。
(つづく)
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ケンちゃんシリーズ『またあした』1~8巻
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2巻はこちら
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