Tinderで結婚する話

 運命はどこにあるのだろう、そう思いながら出会い系を徘徊している人もいるだろう。
恋人がいることだけが幸せかと聞かれると違うと思うが、私は誰かに依存しないと生きていけない。それを自覚した10代前半からずっと出会い系に住んでいた。自分だけを認めてくれる人が欲しかった、ただそれだけだった。
 専門学生になって、千葉雄大似の彼氏と遠距離になった。人肌恋しくてTinderをインストールした。

「I袋の男さんがあなたをスーパーLikeしました!」

 気まぐれに右スワイプをしたらこんな文言がスマホに現れた。
顔は普通、メッセージも普通、その他大勢と変わらないと思った。いつも通りLINEを交換した。
 いつもと違ったのはその男が私のことも知ろうとしているうえに、自分のことも教えてくれるところだ。何を食べたか写真を送ってくれるだけでも嬉しかった。
大体の男は自分の自慢以外に連絡をよこさない、代わりに自分も変に優しくしなくていいのは助かるけれど寂しくもある。メッセージを交換するたびに、それとは違う暖かさが男にはあると感じた。予定が合わず会う日まで声を聞くことは叶わなかったけれど、せずとも良い人なのは伝わっていた。

 新宿駅アルタ前、方向音痴すぎて親友に送ってもらった。
少し待って男が来た、大学生がそのまま少し社会に揉まれたような街中でありふれた出で立ちだ。Tinder界隈ではランクが低めだと思いながらイヤホンを外す男を見守る。めっちゃ耳たぶに引っかかってモタモタしていた、初心者?

「猫カフェ向かいましょう〜!」

 簡単な挨拶を終えて歩み始める。Google Mapを最大限活用してビルに着いた。

「猫カフェ MOCHE」さんは、猫カフェというよりか猫がいる休憩所というコンセプトで会社帰りにも気軽に寄ることができる。店内には本棚があり漫画喫茶並みの品揃えが圧巻だ、迷わずに”鋼の錬金術師”を手に取る。
 適当に身辺の会話を楽しみながらも脳裏は『猫に触れたい』しか考えていなかった。しかし、猫は対価がないと寄ってはくれない。思わず猫のおやつに課金した、男が。

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出演:I袋の男

 先ほどまで厚顔無恥だった猫たちもこれには低身平頭だった。次々に猫が集まり幸せな空気が漂う。おやつを舐める猫を見ていると心が浄化されている気がする、気がするだけだが。幸せはこういうことを言うのかもしれない、そうとさえ思わせる猫は天然記念物だと思う。
 飲み物に口を付けながら男の話を聞く、実際に会ってみると意外と自分のことを話しているようで踏み込んだことは話さない印象を持った。話していて居心地がいいような微妙な距離感を保ちながら時計の針は進んでいく。
他人に話しにくいことも今日出会いたてほやほやの人なら話せたりすることがある、その現象が起きていた。洗いざらい自分のことを話した頃、

「そろそろご飯行きましょう」

 男の一声で行き先が決まった、夕飯を予約していてくれたのは好感度が高い。道中も会話が途切れることもなく楽しい散歩という感じだ。
そんなこんなで今日私が頂くのは〜に着いた。

 「Sushi Bar にぎりて」さんは新宿駅から割と近い場所にある。カウンター席しかないがカップルや3〜4人の団体で来ている方も多く入りやすいお店だ。
 おまかせで10種ほど握って頂いた。全てのお寿司が2貫セットで1貫ずつ味付けが違う、タレと塩がかかった鮨が黒い板に乗せられる。店の照明も相まってキラキラと輝いている、箸でつかむのが惜しいと思いつつ口に運ぶ。10種全てを食べ終えため息をついた、コストパフォーマンスが良すぎるこの一言に尽きる。
特に血抜きがしてある鯖の食感が飛び抜けて歯触りがよく臭みがなかった、熟成させたことによって旨味が増していた。鮨は鮮度が命だとよくいうが、この寿司は常識さえ覆す旨味が詰まっていた。

「おいしい。。。!」

 思わず口から溢れた言葉に男が微笑んでくれた。鮨が美味いことは当たり前だが別の次元の旨さが口の中で弾ける。噛みしめるたびに滲み出てくる旨味と塩っけがたまらない。
ハッピーアワーでソフトドリンクより安い酒は薄すぎず、身体が少し暖かくなった。

「ご馳走様です!」

ご馳走様するという言葉にもたれかかり、財布を出すフリ選手権だけして店を後にした。

10月のまだ生ぬるい気温が肌に纏わりつく。

「座れるところ行きたいな」

そうかお前もそうなのか。
まぁいいだろう、オムライス地獄から救ってもらった恩くらいは返させてもらおう。

「、、、ルノアールでいいですか?」
とは言いつつ、本音は嫌だったのでこちらをご提案させていただいた。

図ってか必然かは知らないが、漫画喫茶が現れた。男が吸収されていく、追い風でも吹いてるんか。

完全個室でない事に少しの安心を覚えながら、逆に満喫でナニしないで何するの?疑問は作り笑顔に隠す。
本棚で私が選んだのは”闇金ウシジマくん”。意中の女性が読んでたら半歩くらい引くチョイスですね。
男が選んだのは、”ボールルームへようこそ”。どこにも悪いことがない良いチョイスすぎて言葉が出てこない。満喫常習犯なんだろうな、一回”ギフト±”を手にとって引かれたのかもしれないけど。

朝の読書の時間顔負けの静寂。ナニしないなら恩返しできないのでご帰宅しても良いでしょうか。
「フロント9番、女1名先に出ます」脳内で唱えた。ラブホでないことが苦しい日が来るとは思ってもなかった。
有識者の皆様、満喫ペアシートからの脱出方法をご教授ください。

時間の流れに比例して、男が近づいてくる。自分の緊張を解こうと、ブラウスのリボンを解く。
まずはキスからだろうと読んだこともない少女漫画を捲る、待ても伏せもできずブランケットが捲られる。
ぎこちない指の動きに合わせため息とも喘ぎともとれる嘘をついた。

「体大丈夫?」

おおいに健康です。当方このままご帰宅させていただければ尚嬉しいです。


まだ蒸し暑い、夏にも秋にも慣れない気温が鬱陶しい。
苛立ちに拍車をかける。

ヤるなら最後までヤれよ、、、

炊飯器買いたいです^._.^貯金もします^._.^猫に小判^._.^