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役満と神様

80歳を超えた父がツモって上がったとき、「高いよ」と言った。
パッと暗刻(アンコ)が二つ見えたから、冗談半分で四暗刻?と聞いたら、「そう」と返ってきた。そこには、父の柔和な笑顔があった。本当に柔和で、喜びが込み上がってきているのが伝わって来た。後から振り返ると、父はここ最近暫く上がってなくて、局の中盤以降での東や發の対子落としが極めて不自然で、やっぱり認知症かと不安がよぎっていた。しかし、役満狙いだったのか。

役満を上がりその柔和な表情を見て、残念ながらやっぱりとも思った。喜びが溢れるその笑顔を一瞬みせるのは、僕が烈火の如く怒ったときだ。僕を怒らせることにも、この上ない快感を感じていることを、神様が四暗刻を通して教えてくれた。このように文章に書くに至るまでは、血が滲んだし、今も滲んでいる。最初に違和感を覚えたのは、僕が集中して高速道路を運転してるときに、後部座席に座っている父が遠慮のない大きなくしゃみをして、それに強く抗議したときだった。二、三度同じことが起きて、僕の怒り狂った様相を僕自身がおどけて父に話したとき、そこに一瞬喜びを噛み殺せない喜びの笑顔があった。

残酷なところは、血が滲んだり怪我を負い弱ると、さらに周囲からイジメという攻撃を受けることである。弱い所に力が集中する。ここで、逃げるか闘うかの選択を迫られる。逃げ場はない。

父が役満を上がったが、昨晩ABEMAテレビの麻雀のプロリーグは、もっと劇的だった。南4局、牌底で、役満を上がって、その結果、3位からトップになるという、サヨナラ逆転満塁ホームランのような物語だった。主役は上がった人であるが、その立役者(4位)が、リーグ戦で圧倒的最下位の2位の親のテンパイ連荘の為に鳴かせる手助けし、その親からの上がりを見逃し、そして役満を3位の人に放銃という獅子奮迅ぶりだった。場を制御しようとすると、その反動を食らうことを肝に銘じたい。なるべく制御しないように制御するときもあるし、一方で全力で目標に向かってただただ一途に走るときもある。場を見極める経験と学習の重要性。

先週の家での麻雀では、後期高齢者の母が、リーチ、東、中、トイトイ三暗刻、ドラ三、ウラ七(槓子二つ)で役満を上がっていて、それに刺激を受けた父が役満を強く意識していたと思われる。プロリーグと家庭内の麻雀は別世界であるが、麻雀というルールや世界観は同様である。
先々週あたり、麻雀プロのリーグ戦でプロ中のプロの年輩者がリーチの宣言牌を取り違えるチョンボをして驚いた。別の日の試合でトップを取った勝利者インタビューで、まず初めに前回のチョンボをファンの皆様にお詫びしますと謝罪から入られて、プロリーグも家庭も変わらない礼儀があることを思い出された。それに比べて昨今の政治の様相は国民を写しているのだろう。同じ日本人として共有する世界観もあり、個々人の全く異なる世界もある。

政治の舞台でも、プロリーグでも、家庭でも、一人一人が物語を作っている。
現在の最大の関心事である新型コロナウィルスでも、ダイヤモンドプリンセス号に入った感染症対策の専門家、岩田教授も一人の人間である。国際的な組織のルールは洗練されている場合が多いが、グローバルなルールとローカルなルールは、属人的にその違いにより軋轢が生じやすい。そして、政治家や官僚も一人の人間であるが、政党や官僚機構を組織すると、マクロな組織の理論が優先される。個人で感じる優劣と組織の判断の差異による葛藤を抱え続けることは極めて困難である。

組織内では組織の論理に従わずに個々人となると、ミクロな個々人はかえって障害となるか、考慮されない。また、現在は非正規という形で積極的に除外する力が働いている。排除されないように必死に組織にしがみつき、席を確保しなければならないと、芥川の蜘蛛の糸のように、それに続く同様な人を排除しようとする。そして他者に対する優越感の快楽の中毒性、もしくは劣等感に対する恐怖は強力であり、地獄の様相を呈する。

基本的人権が機能しないのは、組織の論理の力が一般的な個人の力より大きい場合が多い。ミクロとマクロの関係を間違えやすく、本末転倒という言葉はそれを象徴している。
ウィルスはミクロだが、マクロに影響を及ぼすときは、スケール(指数関数的に増殖)している。細胞内の情報伝達はイオンチャネルを介して行われる。イオンチャネルの分子構造はミクロだが、ウィルス同様にマクロとしての個人に影響を与える可能性がる。kaggle という人工知能の懸賞付きプログラミング世界大会では、イオンチャネルの電気信号を深層学習で検出しようとする部門が始まった。

イオンチャネルの信号も重要だが、中枢神経の信号と単純に比較するのは難しい。イオンチャネルは、中枢神経のマクロに対してミクロであり、一般的にもミクロとマクロの間には単純な足し算では成り立たない、合成の誤謬、または死の谷や不気味の谷がある。社会組織のマクロに対する個人としてのミクロであったが、同じ個人も、ウィルスというミクロに対してはマクロである。このようなミクロが集まってマクロになり、
そのマクロをミクロとしてミクロを集めてマクロが生じる現象をフラクタルという。デカルトが三次元空間を発明し、要素還元的に原子力まで発見された。人間の生活は楽になった反面、不自由にもなっている。専門性は要素還元的に細部を詳細に示すが、しかしそれが全体においては無意味に近い場合が多い。細部の構造と全体の構造の類似性が明確でないと、比較言及できない。歴史研究で見るならば、過去の‪一時‬代が、現代を見るときにどう生かされるかが、専門性の価値ではないか。病原ウィルスならば、その細部に対して人間の臓器が機能不全にならないようにして、専門性の価値がある。もちろん、その専門性がいつ発揮されるかという時間の問題もある。

細部という部分とその全体の関係性は極めて重要である。これに関して神経構造を模した深層学習プログラミングでは、全てを考慮して決断する仕組みが出現した。トランプ大統領がアラビア語やヒンドゥー語でツイートしても、翻訳ボタンでかなり正確な日本語訳が瞬時に出る。これは、人工知能の深層学習で、アテンション機構により実現した。膨大な翻訳データの全てを考慮して、最も確率の高いものを選び、その結果、これまでにない成果を出した。

このアテンション機構を応用して、全てといわなくとも、ほとんどの人を考慮して、確率の高い意思決定を公平に行うことが可能ではないか。これは政治問題である。翻訳の場合は、目的がある言語から別の言語への変換だったが、政治の場合は、今の状態からより良い状態への変換である。ここで問題となるのが、より良い状態である。その指標は対数関数(エントロピー、S =k log W)である。エントロピーの身近な例は、温度である。

全ての人と言わなくても、今よりももっとたくさんの人が心地よい社会が実現すれば、自分ももう少し心地よい人生を送れるかもしれない。それは希望だ。そのような方向がある。光が差し込んでくる道がある。その道の指標はエントロピーという対数だ。膨大な分子量の一モルが23という身近な数値な目安になるように、体温が37度以上か、以下か目安になるように、経済にも指標が必要である。確かに株価は現実に対応して変化しているが、投資家という極々少数の人の意向を強く反映している。声の大きな人は株価が目安だという。しかし全体を考慮していない。

コロナウィルスで明らかに、街の人の流れに変化があったが、感覚的なもので、公平な数値は公表されていない。これから先の未来にある更なる新型のウィルス、加えて自然災害を考慮すると、いわゆる経済活動をしなくても直ぐには死なずに安心して休めるという生命線(ライフライン)が必要である。我々自身が過去から未来への生命の連なりであり、我々こそが最大の基盤(インフラストラクチャー)である。

30年前の日本の高度経済成長には、当時の日本人の常識があった。しかし現在はグローバル化に伴い苦境に陥っている。この困難を脱出するには、青写真のような基準や目安が必要である。過去の常識に替わるマクロな目安、エントロピー。ミクロは機能であり、生産性という言葉や事象はミクロに言及していて、マクロには言及出来ない。マクロなエントロピーを考慮した機能やその仕事とは何だろうか。

エントロピーを適度に保つことは、掃除をして整理整頓するように、情報量を制御する必要がある。しかし、場を制御しようとしてその反動で制御不能になる危険性を回避しなければならない。情報をまとめることが重要だが、そのときに恣意的にまとめられると偏見となってしまう。全てを考慮すると何を言いたいか伝わらない。また先程のkaggle の賞金付き競技大会になるが、「抽出と理由付けの核心(Abstraction and Reasoning Corpus)」部門というのが現在ある。その成果の先には、情報量を最適に制御できる可能性がある。

最適化することは、少し先の未来に最適化しなければならない。つまり、ずっと未来に備え続けなけらばならない。休みながらも動き続けなければならない。心臓の鼓動のように。

複雑な条件の中で心臓の一定の調子を保つことや、麻雀の様な複雑な条件の中で想像を超える物語が生まれることなど、複雑な中から生じる美しい自然の秩序に神様を見出すのが人間の性質の一部であろう。100歳を超える人は少数だ。中々、役満は作れない。しかし、この苦境から脱出する物語は書くことができる。これから個々人が書きながら、ネットワークで実現していく。神様お願いします。

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