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意識と量子力学 第3回 量子論とつながる見えない世界

観測という科学的な行為を、量子力学によってスムーズに理解できない観測問題に物理学者が遭遇することになり、観測対象だけでなく、実験装置や人間、そして人間の意識にまで考察が及ぶようになりました。量子力学の出現は目に見えない領域へ足を踏み入れた象徴的な出来事でした。奥深い性質をもつ量子力学ですが、量子力学と意識の関係を見る前に、量子力学につながる目に見えない世界について少しご紹介しておきたいと思います。

■ 量子論とつながる見えない世界

1926年に量子力学が確立されてから、古典力学ではわからなかった原子や電子のミクロの世界のことがわかるようになってきました。しかし、量子力学は粒子の運動状態の存在確率を予測できますが、電磁波のような波には適用できない欠点がありました。そこで、ポール・ディラック(イギリス)やヴェルナー・ハイゼンベルグ(ドイツ)らは、「場の量子論」という、量子力学をさらに拡張した量子論を1920年代の後半に作りました。場の量子論では、波を粒子として扱えるようにする「量子化」という手順が組み込まれており、これによって、電磁波のような波も「量子」として粒子のように扱えるようになりました[7]。

このように「量子」は場の量子論の要となる考え方です。量子には、真空を伝わる波の種類に応じた量子があります。例えば、光のような電磁波の量子には光子(フォトン)があり、重力を伝える重力波の量子には重力子(グラビトン)があります。そして、波は空間を伝わる場の振動であることから、場の量子論では「波の量子 = 場の量子」と見なします。ですので、電磁波や重力波といった波は、「電磁場の量子」、「重力場の量子」と捉えることができます。もちろん、物質を構成する素粒子はもともと粒子なので、「粒子の量子」として扱うことができます。

粒子と波を量子によって統一的に扱えるようになった「場の量子論」をミクロの世界に適用することで、物質を構成する素粒子と、素粒子同士でやりとりされる波(力の伝達)を統一的に扱うことができるようになりました。素粒子同士にはたらく力には、電磁力、原子核を結びつける強い力と弱い力(核力)、重力の4つがあります。電磁力と2つの核力を合わせた3つの力を説明する場の量子論は、「標準理論」と呼ばれています。標準理論の電磁力と強い力に関する研究では、日本人物理学者の貢献もありました。電磁力に場の量子論をあてはめた量子電気力学(QED)は、日本の朝永振一郎やアメリカのリチャード・ファインマンらによってその基礎が作られました[8,9]。核力の強い力へ適用した場の量子論は、量子色力学(QCD)として何人かの物理学者によって構築されました。日本人の南部陽一郎もその一人です[10]。

場の量子論が適用される3つの力の中で、とても興味深い性質をもつように見えるのは量子色力学(QCD)です。QCDによれば、この世界にある物質の原子核を構成する陽子、中性子はさらに3つのクォークという素粒子からできています。実はクォークには6種類あって、質量の軽いクォークから2種類ずつをまとめて「世代」と呼び、合計3世代あります。陽子、中性子は、一番質量の軽い第1世代にあるクォーク3個から成ります。そして、クォークには、質量や電荷(電気量)の他に「」という属性をもちます。この色には「赤」「青」「緑」という3色があり、クォーク1つにつき1つの色をもっています。この色には、陽子、中性子内3個のクォークそれぞれの色を重ね合わせた時、白色になっているという特徴があります。白色でなければ、3個のクォークが結びついて陽子や中性として存在できないという驚く性質があります。陽子や中性として存在できないということは、クォークから物質ができないということです。さらに、QCDの特徴として、この「色」はもちろん、クォーク自体を直接観測することができません。測定できないけど、QCDという場の量子論の中でクォークや色を仮定すれば原子核をまとめる核力をうまく説明できるため、「色」という属性の存在を容認している状況なのです。このようにクォークは極めて非物質的な存在で、直接見えない素粒子です。しかしクォークは、白色という特別な条件下で物質化してくる不思議な粒子なのです。そういう意味では、物質化していないクォークが、実は空間にたくさん満ちているとも言えます。

直接見えない例としてもう一つ挙げたいのは、電磁力のベクトル・ポテンシャルと呼ばれる量です。ベクトル・ポテンシャルは、もともと電磁気学の電場と磁場をマクセル方程式によって数学的に計算できるように導入した量で、物理的に存在するとは当初考えられていませんでした。しかし、電磁力へ適用した場の量子論、量子電気力学(QED)の出現によって、ベクトル・ポテンシャルの存在の有無を観測できる、AB効果[11]による方法が示されました。その後、日本の外村彰によってベクトル・ポテンシャルの存在が観測されました[12]。ただ、ベクトル・ポテンシャルが観測されたと言っても、直接観測したのではなく、ベクトル・ポテンシャルが存在すると仮定した時に得られる量子力学的な効果を見ることによって観測したのでした。

このように、量子論には直接観測できない、目に見えない世界と結びついている特徴があります。これは、量子力学以前の古典力学などでは到底見当たらないものでした。観測問題においても、波束の収縮を説明するために直接観測できない人間の意識につながる可能性が考察されるようになってきました。

そのような物質から意識への橋たわしとしての可能性を秘める量子論が、意識という広大な世界でどのような位置付けにあるかとても興味のあるところです。しかしそれについて考える前に、波束の収縮に関する観測問題を説明するためにそもそもなぜ人間の意識にまで考察が及ぶようになったのか、次回にその理由について簡単にご紹介しておきたいと思います。

■ 参考文献

[7] Steven Weinberg, The Quantum Theory of Fields (Cambridge; New York: Cambridge University Press, 1995).
[8] F. Halzen & A. D. Martin, Quarks and Leptons (New York: Wiley, 1984).
[9] I. J. R. Aitchison & A. J. G. Hey, Gauge Theories in Particle Physics (2nd ed. Graduate student series in physics, Bristol ; Philadelphia: Adam Hilger, 1989).
[10] 南部陽一郎「素粒子論の発展」岩波書店(2009年).
[11] J. J. Sakurai, Advanced Quantum Mechanics (Reading, Mass.: Addison-Wesley Pub Co., 1967).
[12] 外村彰「目で見る美しい量子力学」サイエンス社(2010).

よろしかったら次の回もご覧ください。

by Jaros

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